村井忠夫のマンション管理ブログ

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【語り尽くされていないこと、見逃されていること58:投票】YESかNOかをたった1枚で意思表示する仕組みの意味を考える

棄権したことなんか一度もないが、弾む気持ちで投票所へ出かけたこともほとんどない

 都議選挙が告示された。

 いままで一度も棄権したことはないから、7月2日には必ず投票するつもりだ。

 だが、考えてみると、65年の間、選挙で自分の意思表示ができる機会に恵まれた充実感や気分の高揚を経験したことは、ほとんどない。

 選挙が告示されれば、もちろんいつも投票に行く気持ちになっている。

 だが、気が進まないのを我慢して嫌々ながら投票所へ足を運ぶというほどではないものの、《この一票》の重さを確かめるのとは程遠い気分だ。《とにかく投票だけはしなければ・・・》という名状しがたい低迷すれすれの気分は否定できない。

 いつも選挙結果のニュースでは、当落の結果よりも、いったいどのくらいの人が投票所に出かけたのかという投票率の方がはるかに気にかかる。

 だから、当選者が躍り上がってバンザイを叫んだり《国民の皆様の信頼にこたえます》などと興奮気味に語る政治家を見ると、冷え冷えとして醒めた気分になる。

 あれほどの低い投票率で当選したのだから、『支持した人』よりも『支持したかどうかわからなかった人』の方が間違いなく多かったのに、よくも、まぁ、あれほど有頂天になれるものだな・・と思う。

 選挙という仕組みの意味は《適任者を数で決める》点にあるのだから、投票率が低ければ《適任者とみなされたかどうかがわからない》人の割合がそれなりのレベルになっていることははっきりしている。いちばん肝心なことが確かめられていない状態のまま《決まった》ことになってしまう割り切れなさが後を引くことになる。

 さらに《支持した》場合も、選挙の時に投票した人が考えていたとおりに当選者が本当に役割を果たすかどうかは、確かめようがない。すべては、これからだ。当選した後の様子を断片的なニュースなどで見るしか方法がない。

 すべては《支持して投票した人の手が届かないところ》で当選者がやることや言うことを見ているだけだ。橋がない大きな川の向こう側の光景をなすすべもなく見つめ続ける気分に近い。

 もう、やめよう。何だかむなしい気分になってきた。
                   ☆
 今度の都議会議員選挙がそうならないなどということはあり得ない。

 でも、今更それを気にしたって仕方がない。どうなるものでもない。

 だから、7月2日の投票には必ず行く。

投票用紙に名前を書いた人が明日から何をするかがどこまで見通せるか…

 考えてみると、選挙とか投票という仕組みには、わかったようで実はよくわからないところがある。投票用紙に「名前を書く」ことは「その人の考え方を納得して任せる」信任行為だということにはなっても実際にそうなるとは限らないからだ。

 投票用紙に名前を書くのは、その人の過去の評価ではなくて、あくまでも選挙時点で、これからの役割を実現してくれる可能性の予測なのだ。いわば、その候補者が「考えてくれそうなこと」「やってくれそうなこと」という期待が含まれた予想を一枚の紙に託して投票することになるのだが、本当のところ、予想は予想でしかない。

 ただ、その予想は候補者の経歴とか公約とかを手掛かりにしものとなる。

 絵にかいたような経歴のエリート官僚出身の、さも有能そうな人物が当選した後、人の目に見えないところで聞くに堪えないほど口汚い罵詈讒謗(ばりざんぼう)を重ねるなどということは誰も予想しない。

 手掛かりとしてわかることが「何とか大学を卒業して何とか省のエリートだった」とかいう経歴だけで、その人物の人間性については何も手がかりがない状態でもそれは誰も気にしない。素晴らしいキャリアの人が口汚く金切り声で狂乱状態になって当たり散らすなどとは、誰も予想しない。

 でも、実際には、予想しなかったようなことが起こる。

 そうした形で、予想はやはり予想でしかなかったことを思い知ることになる。

 選挙や投票の本質に隠れている予想という要素の読み切れなさを、今まで、もう何十年も選挙のたびに思い知らされ続けてきたよな気がする。

選挙、投票という仕組みの弱さ・マンションでは果たして大丈夫か

 選挙とか投票という仕組みに隠れている、こういう不安は、どんな場所であっても基本的には同じだろう。分譲マンション管理の仕組みの当事者となる管理組合の組織運営でも同じはずだ。

 ただ、少し違うのは、選挙とか投票という仕組みで投票が意思表示の手段として成り立つ前提である。どんな場合も、投票する人は誰もが《同じマンションに住んで生活条件を共有する》からだ。《ウチのマンション》という共通する生活条件が、マンション管理の仕組みでは選挙や投票に特有の意味を持たせることになる。

 しかし・・・。

 この前提は、同じマンションに住む人同士が、お互いに認識しあっている状態が実現していなければならない。なのに、顔と名前が一致しないとか、どんな仕事をしているのかわからないといった状態でこの前提が成り立つのか。

 わからなくなってきた。

| muraitadao | コラム | 11:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
【語り尽くされていないこと、見逃されていること57:マンション61年】四谷コーポラス建て替えのニュースで思い浮かぶ数限りない感慨

11年前このブログの第1回に「四谷コーポラス」のことをめぐる様々な思いを書いたのだが・・・

 「四谷コーポラス」が建替えられることになったという。《それがどうした?》などとは、誰にも言ってほしくない。

 11年前の2006年(平成18年)11月26日にスタートしたこのブログ第1回に、四谷コーポラスのことを書いた。そのときのタイトルは次のようなものだった。《民間分譲マンション半世紀の証人「四谷コーポラス」のことを誰も言わないから》。

 ブログを書くようになるまでの長年マンションや住宅ローンのことをいろいろ書いてはきたものの、ブログを書く感覚はまだ正直に言って呑み込めていなかった。

 そんな中で、書きながら、ふと、今月は11月だ・・、そういえば四谷コーポラス竣工の月だったな・・という連想が浮かんできて頭の中に浮かぶ言葉をそのまま字にする気分で書いた。

 思えば、このマンションのことをセミナーや講演会で話の枕にどのくらい使わせてもらってきたことか。原稿の前文に何回ぐらい書かせてもらってきたか。

 マンション管理に寄せる関心が深い人を四谷の現地に案内したこともある。

 マンションの原型を語るときには、いつもこのマンションのことが頭にあった。それもこれも、このマンションが敗戦後10年そこそこの時期の物件だったからだ。

 1956年(昭和31年)11月竣工。エレベーターなしの5階建て。《もはや戦後ではない》という経済白書の言葉が複雑な実感を生んだこの時代、233万円と156万円の28戸が三か月で完売。住宅ローンなどなかったが、信販会社(日本信販・現在の三菱UFJニコス)が分割払いで売り出した時の利率は元利均等返済で年12%だったと聞く。

 そんな時代に生まれたマンションが、61年間も建ち続けていた。

 驚くべきことではないか。

このマンション建て替えについて《誰も言わない》のは依然として今も同じか

 このブログの第1回で四谷コーポラスのことを書いた時のタイトルに「誰も言わないから」などとひねくれた言葉を入れたが、10年以上たった今も状況はあまり変わっていないようだ。

 四谷コーポラスの建て替え計画は、このマンションの管理組合ではなく建替え事業を担当する旭化成ホームズと旭化成不動産レジデンスの両社が連名で発表した。旭化成というそれなりの規模と歴史のある企業の系列会社の発表だから、管理組合独自の発表よりも情報発信力はあったと見ていいだろう。

 現に、この発表でそれなりのニュースを流したところもあった。しかし、それも業界紙を除けば毎日新聞の夕刊ぐらいで、大半のメディアは流さなかったと思う。どの新聞もテレビも役所の文書の忖度だの北朝鮮のミサイルだのばかりだったから。

 そのせいかどうか、マンション管理関係者の中でも、このニュースを知っていた人はあまり多くないような気がする。

 そんな中で、旭化成ホームズと旭化成不動産レジデンスのプレスリリースは、ありきたりの発表資料と違ってかなり中身が充実していた印象が強い。

 2017年5月30日付けのプレスリリースは7ページある。

 タイトルがやや長いが、そのまま紹介する。『1956年竣工・築61年、日本での民間分譲マンション第1号「四谷コーポラス」建て替えについて〜民間分譲マンションとして初めての管理運営や割賦販売の歴史も〜/〜区分所有者の9割が再建マンションを取得予定〜』

 本文には次のようなことが述べられている。

,海3月29日に管理組合の建て替え決議成立、5月に全員合意、9月に解体工事着手の経過であること。

△海離泪鵐轡腑鵑篭菠所有法以前に実現した管理方式で運営され、住宅ローン登場以前に割賦販売で売り出されたこと。

2006年から建て替え・大規模修繕工事の検討会がスタートしたが、耐震性、給排水設備老朽化などにより建て替え決議に至ったこと。

な件が小規模のため床面積増床のメリットはないが、立地の良さや愛着の強さがあって区分所有者の大半が再取得する前提で要望や想いに応える計画となったこと。

 この後、「機ゥ泪鵐轡腑鵑領鮖砲涼罎任了傭コーポラスの位置づけ」「供セ傭コーポラスの建物概要」が写真と表や図面を添えながら5ページ足らずのスペースで説明されている。

 最後に〈今後の情報公開とお願い〉と題して次のようなことが書かれている。

8月まではまだ住んでいる人に配慮して現地内外の撮影は遠慮してほしいこと。

9月の解体前にマスコミ向けの説明会や撮影会を予定していること。

7築研究者を含む一般向けの現地公開を検討中であること。
                   ☆
 正直な感想を書く。

 基本的に企業ベースでまとめられた資料だが、よく考えて工夫された内容になっていると思う。このマンションの建て替えについて書いたり語ったりする人の大半は61歳にはなっていないだろうから、このマンションができた時代背景など想像しにくいはずだ。その点を考えて、在来の建て替えとの違いを理解するための要点を過不足なく盛り込んでいるのがとてもいい。ただし、注文が二つある。

 一つは地図をぜひ添えてほしいこと。居住者の愛着とも関わる四谷本塩町(よつやほんしおちょう)のロケーションがこの建て替え計画と大きく関連しているからだ。

 二つ目は、居住者の思いなどを伝えられる工夫を今後の機会にぜひ考えてほしいこと。このマンションの建て替えに人の温もりを感じたいからである。

| muraitadao | コラム | 10:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
【語り尽くされていないこと、見逃されていること56:格差】生き残れない管理組合もある怖さに語り手たちは気づいているか!?

経済格差、地域格差、世代間格差…。当事者が抜け出せないから「格差」という言葉には辛い響きがある?

 このごろ「格差」という言葉の書名の本が多くなった。

 でも、経済格差とか社会格差とかいうレベルなら、まあ以前の《品格》本のような現象で本が売れてほしい一心の出版社の苦労の産物だと思うから、別にどうということはない。

 以前の品格ブームは「国家の品格」という本がやたらに売れたのがきっかけだった。国家に「品格」などという言葉が当てはまるのかという奇妙な違和感があったが、本はよく売れたらしい。その後、売れ行きほしさ丸出しの感じで「女性の品格」だの、「会社の品格」だの、果ては「遊びの品格」という類の本まで登場した。

 この分なら「出版社の品格」というのが出るかもしれないと楽しみにして待ち続けていたが、当てが外れた。自分のことに「品格」を付けるほどの浅ましさは、さすがの出版界にもなかったらしい。

 しかし、「格差」には「品格」よりももっとリアルな重い響きがある。

 「子ども格差」とか「美貌格差」「団塊格差」などという書名を聞くと、むき出しなほどの露骨さがあって何とも嫌な気分になるではないか。

 ともあれ、「格差」という言葉を使った書名の本が続々と出るのは「格差」という言葉が気になる人が多いという確かな背景があるからだと思い当る。

 自分の置かれた立場を何とかして抜け出したいのにそれが思うに任せない切実さを抱えた人が多いのだ。そういう人の多さに向けた出版界の視線が、こういう書名の本の向こう側に間違いなく浮かび上がってくる。

 あらためて思うが、「格差」は嫌な言葉だ。《他人(ひと)との違い》が気にもならなかった時代には、こんな言葉が流行ったりしなかった。

 昔、「一億総中流」などという言葉があった。もはや遠い過去の言葉になって、気がつくと、何かにつけてわが身を周りと比べる人が多い時代になり《他人と比べたわが身の違い》がことごとに気になるようになっていた・・・。

 それでも、しかし、その違いはどうにもできない。

 ただ、もう、ひたすら我慢するばかりだ。

 「格差」という言葉に特有の怖さが生まれる理由は、ここにある。だから、「格差」には「運命」に似た重くて辛い響きがある。

ストック戸数が増えたからマンションでも「格差」が気になり始めたことは何を物語るのか

 うっかりして気づくのが遅かったが、国交省はつい先ごろ国交省が発表した「分譲マンションストック戸数」によると、2016年末現在でのマンションは633.5万戸になるらしい。

 この5月29日号のAERAが掲載した「大特集・マンションを長生きさせる」という特集の最初に「無関心でボロボロに/他人事ではないマンション管理問題」という記事があった。その始めの方に《現在、分譲マンションの数は約613万戸。》と出ている。

 しかし、これは平成26年末現在の数字であって、最新のデータではない。

 せっかく力のこもったいい記事なのに、記者が最新の国交省発表に気づかなかったらしいのが惜しまれる。もし気づいていたら、国交省データには「築後30、40、50年超の分譲マンション数」というのがあるのだから、もっと掘り下げた記事になったのではないかという気がする。とても残念だ。

 いずれにしてもマンションがこれだけ多くなれば、どうしたって新旧大小の違いが生まれる。マンションにも「格差」という嫌な言葉が否応なしに持ち込まれざるを得ない時代が来たと思う。

わかっていないのに気づかぬまま勘違いだらけでマンション格差を論じられても迷惑千万!!!

 こうなると、最近見つけた本のことを書かなければならない。国交省がこれほどはっきりと高経年マンションの推計を示すほどなのだから、今や633万戸を上回るマンションでは新旧大小様々に異なる物件がまざまざと「格差」を実感させながら並ぶことになる。

 となれば、マンションごとの格差は今や目前の現実的な課題になっているのだ。

 これは少しも予想外ではない。もう20年以上前から機会あるごとに言い続けてきたことだが、最近、こうしたことを改めて表立って唱える本が出るようになった。

 「マンションは10年で買い替えなさい」だの「マンション格差」だの・・・。

 この手の本は、マンションの売買で儲かるように、損をしないようにという視点だけの産物だ。マンションが「住む」ための生活基盤だという視点は著者の念頭にまったくない。

 遺産相続のコツを語るコンサルタントや、マンション広告のコピーライター経験程度の持ち主には《マンションが住む場所》だという感覚があるはずもないのだから、当然といえば当然なのだが・・・。

 国交省が発表したデータによれば《1500万人を超える人が住むマンション》には様々な「格差」が現実に生まれている。マンションに住んだ感覚などそっちのけの損得勘定だけでマンションを考える手合いは、想像外のことだろうが・・・。

 わかってもいない人にわかった顔であれこれ言ってほしくない。

 気づくべき人に気づいてほしい。気づくべき人が気づかないと、打つ手が間に合わなくなる。

 だから、「格差」は怖いのだ。

| muraitadao | コラム | 08:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
【語り尽くされていないこと、見逃されていること55:戸数】これだけ新旧大小さまざまでもマンションストックがわかるのは戸数だけ?

気がついたらいつのまにか国交省のマンションストック戸数データが発表されていた

 《いま日本にはマンションがどのくらい建っているのか》という極めてシンプルでありふれたことを確かめられるデータはありそうで、実は、なかなか見つけにくい。

 だから、国交省が毎年発表する「分譲マンションストック戸数」データは、とても貴重である。毎年4月ごろ、前年12月31日の数字が公開される。ソースは建築着工統計。ストック戸数は《新規供給戸数の累積等を年末にまとめた推計》だという注があるが、唯一の全国データだから信頼度は高い。

 このデータはごく最近まで2015年(平成27年)末現在の数字しかわからなかった。つまり、一昨年の数字しかなかったことになるが、この時期だし国交省の都合もあるのだろうから・・・と思っていた。

 国交省は情報発信にはそれなりに熱心で、登録しておけば毎日夕刻から夜にかけて部外に公表した情報をネットで定期的にきちんと知らせてもらえる。この仕組みのおかげで、ずいぶんいろいろなことを知ることができた。

 昔の官僚感覚だったら考えられないサービスで、率直に感謝している。

 ・・・のだが、この春は4月が過ぎようとしても一昨年のデータのまま一向に変わらなかった。が、しかし、それはこちらが知らなかっただけだった。

 5月に入ってネットを見ていたら、いつの間にか新しい2016年(平成28年)末のデータが発表されていた。あれれと思った。

 それによれば、前回のデータは623万戸だったが、今回は633.5万戸。1年経っても10万戸増えた程度だったことがわかる。

今回は築後30〜50年超のストック数も発表された。そこまで考えてくれるなら棟数や階数も

 黙ったままオープンになったのを気がつかなかったのは、こちらの手抜かりだから、それは、仕方がない。

 しかし、今回は今までと違って「築後30、40、50年超の分譲マンション数」というのが発表された。「築30年超〜40年未満」「築40年超〜50年未満」「築50年超」の数字が5年後、10年後、20年後にわけた縦棒グラフは大まかだが、それだけにストレートな迫真性がある。

 問題提起的なデータとして貴重だと思う。

 そこで、ここまで考えてくれるのなら。ぜひ注文したいことがある。

 それは、マンションストックを戸数だけでなく、棟数、階数でも区分したデータがほしいという点だ。

 説明の必要もあるまい。

 ずいぶん前から標準管理規約は《単棟型》《団地型》《複合用途型》に分けてきた国交省なのだから、マンションの実情が複数棟かどうかで違うことはよく承知しているだろう。1棟だけを単棟と呼ぶ考え方では1棟が5階建てと30階建てでは実情が把握できないこともわかっているはずだ。

 これだけ大戸数の超高層マンションが増えているのだから。

 ならば、マンションストックを戸数だけで理解していいわけがない。データソースが建築着工統計なら、そういうことも可能ではないのか。

もう一つの注文・世帯で居住人口をとらえる発想は再点検した方がいい時期ではないか

 もう一つ注文がある。マンションが人が住んでこそ意味がある。マンションストックのリアルな意味が居住人口データと関連付けられて成り立つのは当然だ。

 だから国交省がいつもマンションストック戸数に居住人口を添える形で公表しているのは、適切なやり方だと思う。

 しかし、その居住人口を国勢調査データの数字で示す都市・地方の地域差がない単純な方法は、果たして妥当なのか。少子高齢化や非婚化が際立って進む都市型集合住宅であるマンションの居住実態をこの方法だけで確かめられるのか。

 住む人の実情が把握されていないと、マンション管理は実現が年ごとに難しくなる。管理組合の主体として法律が考える管理組合の組織的な当事者能力は衰弱するばかりだ。

 何も言わないまま、いつかは…と思っている管理組合現場の声が国交省に届くかどうかは、マンションストックに対応する居住人口データ把握が実現するかどうかで占えるような気がするのだが…。

| muraitadao | コラム | 04:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
【語り尽くされていないこと、見逃されていること54:賛否を問う】YESとNOは「誰に」なのか「何に」なのかで決めた後が大違い?

外国の選挙結果が他人事でなくなってきた理由はいったい何?

 フランスと韓国で、大統領選挙が終わった。アメリカでは、昨年の選挙で新しく大統領になった人物の言動が何かにつけて物議の種になっている・・・。

 外国の選挙が《遠いよその国》の話ではない感じになってきた。別にさしたる関心もないまま聞くともなしに聞いて、そのうち忘れてしまうのが普通だったが、今はちょっと違う。

 成り行き次第で、いつ、こちらに「とばっちり」が降りかかってこないとも限らないというホンのかすかな気がかりが、ニュースを聞く頭の後ろ側に浮かんでくる。

 あながち市井の一市民の取り越し苦労とも言えまい。

 よその国の選挙の話が気になるのには、そういう「とばっちり」の予感に似た感じが絡んでいるせいかもしれない。

 選挙とか国民投票、住民投票という物事を決める仕組みが世界共通になってきたために、手段の共通性が身近な現実感を生んでいるからだろうか。

 誰もがぶつかる厄介な課題。ほとんどの人が関心を持っているのに、意見が分かれて簡単にまとまらない・・・、どうしたらいいか・・・。いったい、みんなどう考えてるんだろう・・・。いっそ、もう聞いてみたら・・・。

 そこで、選挙とか住民投票や国民投票となる。そこまでいかなくても、世論調査やアンケートぐらいにはなるだろう。こんなこと、もうザラではないか。

 となれば、どんな方法であっても、結局のところ《賛成するかしないか》を数だけで確かめるのがいちばんいい。何しろ数には誰も文句をいえないのだから。

でも 何に「賛成か反対か」を問うた後には 途方もない怖さが待ち受けているかもしれない

 《賛成するかしないか》みんなの胸のうちを聞いてみようじゃないか、ということ自体には誰も逆らえない妥当性がある。その結果が数字になれば、もう説得力は絶対なのだから。

 でも、いったい、何に賛成するかしないか》と《誰に賛成するかしないか》とでは、意味がまるで違う。

 「何に」ならば、仕組みを変えることの是非を聞く住民投票や国民投票になる。この点は、大阪都制もEU離脱も変わらない。《物事の決め方を変えた場合、その結果の変わりようを受け入れるかどうか》で賛否が分かれてもめた話の成り行きが決まるのを誰もが承知しているのだから。

 「誰に」ついて問うのなら、選挙だ。「誰に」というのだから《判断を任せる人間の当否》を聞くことになる。

 住民投票や国民投票のように言葉でイメージを説明できることを聞くのなら、仕組みの変更を決めた結果起こることをある程度まで予想しながら賛否を確かめることができる。

 だが、選挙の方はここが違う。「候補となった人についての賛否」を問うのだから、選んだ人の人間性や判断力への信頼が大前提になる。いったん信頼する人を決めた後は、その人の判断には絶対に従わなければならないのだから。

 いまのアメリカがそうだし、これからフランスや韓国もそうなる。

 日本だって、そこは同じだ。

 でも、「何に」を聞くか「誰に」を聞くかの違いがあっても《賛成か反対か》を問われた人の数だけで結果を確かめる点は全く変わらない。方法が違っても「聞く」「答える」プロセスを数だけで展開する制度の構造は同じだからだ。

 選挙も国民投票も住民投票も、結局《問いかけられたことに投票して答える》形は同じであって、答えた結果が数だけに飲み込まれてしまう。老弱男女、強弱、貧富、賢愚、巧拙・・。答えた人を物語るそんな属性はみんな消え失せてわからなくなる。

 考えてみると、これは、とても怖いことではないか。

 その怖さを何とかしたければ、《[聞く]ことの説明に十分な手数をかけ「答える」べきことを考える時間を確保する》しかあるまい・・・・  

マンション管理の現実が「物事の決め方」にあることに現在のルールが対応できる限界が来ているか

 ・・・などと考えているうちに、マンションの管理組合では、この辺のことがいったいどうなんだろうといういつもながらの感想が浮かび上がってきた。

 感想は簡単だ。「選挙」とか「投票」などという手段に言い及ぶのを避けたまま、法的な有効性や賛否の確認手続きが比率によって示されているだけのルール。

 いちばん大事な点がすっぽり抜けて、手順と数字による結果の確認だけが法的な強制力に裏付けられてきたルール。

 《マンションが大邸宅》の意味だという博物館レベルのイメージで考えられていた時代の発想に支えられたルールが、ストック戸数600万戸を超え新旧大小高低、様々となった今も中心になる実情。

 マンションは動物園ではない。様々な人間が大勢集まって住むところだ。至近距離で異なった意見や考え方が絶えずぶつかり合い、誰かが折り合いを求められる世界だ。

 ならば、そうした厄介な実情をどうにかできそうな方向を探り当てて意見の違う者同士が同じ顔ぶれのまま住み続けるためのルールが欠かせなくなる。

 ・・・でも、ここから先はいつもと同じことになりかねない。またにしよう。

| muraitadao | コラム | 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
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