村井忠夫のマンション管理ブログ

村井忠夫のマンション管理ブログ
【マンションに住む実感を確かめるノート 杠も覚えている住み始めた時の不思議な実感。これがマンションというものか・・・〜45年前には考えたこともなかったことばかり〜

あわただしく決めて入居したマンション。45年はアッという間だったが実感は一口に言い尽せない

 このマンションに住み始めたのは1974年(昭和49年)4月1日だった。
 43歳だった。成り行きで勤め始めた住宅金融公庫で19年目。万博の終わった直後に転勤した大阪勤めが3年目に入る直前になって、また東京に呼び返された。

 住宅金融公庫は住宅問題に直面する人々が「自分の家」を確保するための資金づくりのバックアップ機関だったが、その仕事に携わる当の人間が自分の住宅を確保しなければならなくなってもまったく何一つお構いなしだったから、東京勤務で必要な住まいはすべて自分で探せという話があっただけだった。

 住まいの確保に苦労する人と同じ苦労をすればその経験が仕事の支えになるのは間違いないのだから、自分自身でこういう苦労を経験してみることは決して無駄ではない・・・。

 わかったようなわからぬような、そんなことを言われたっけ・・・。

 理屈はともかく自分が住む所を大急ぎで何とかしなければ、たちまち困ることははっきりしている。

 だから、仕事のあいまにカレンダーに何度も目を向けながら心当たりのあちこちに声をかけた。

 そんな時に聞きこんだのが都下某市の民間マンションでキャンセルが1戸出たという話だった。

 どうしようかと思い悩んだりしている状態ではなかったから、すぐ申し込んだ。

 そんな決め方で住み始めたマンション。45年前だった。

いろんな人が住んでいた45年、人は様々と思い知った45年

 わかりきったことを正確に言えば「今も人が住んでいるマンションの45年」である。マンションが建てられた時のまま「住居としてマンションであり続けてきた45年」だ。多摩川のこちら側、新宿まで30分足らずだが、東京の田舎だったこの辺りにどんどんマンションが建ち並ぶようになった45年でもある。
                   ☆
 何十年も前、毎朝、黒塗りの車が迎えに来る偉そうな人が住んでいた。めったに顔をみることもないままだったが、いつの間にか見かけなくなった。・・・と思っていたら、国会議員になったらしいと、後で聞いた。建設省の官僚だったらしい。

 そう言えば、高名な作曲家や劇作家もいた。難しそうな顔の大学の先生もいたし、まるで能天気な人もいた。

 管理組合の集まりなどで会うことは一度もない人ばかりだったが・・・。

 でも、600戸の大半は普通の人たちだった。そんな普通の人たちも、45年たてば様子が変わっていく。

 それを思い返した時の実感はかなり複雑にして多様である。だが、その実感を通して、マンションが紛れもなく「人の住まい」であることを確かめさせる記憶がいくつも浮かび上がってくる。

かつては言葉を知っていただけの管理組合が身近になってきた竣工後10年のころ

 もともとは商品名だったマンションという600戸の集合住宅に住むようになり、いつのまにか10年を迎えようとしていた。分譲マンションには管理組合というものがあるという程度のことは何人かの人が知ってはいたが、「町内会と同じようなものだね・・」というレベルの認識だった。

 名ばかりに近い管理組合でも時折り役員が集まる程度のことはあったが。そんなところで「マンションは竣工後10年目になると大掛かりな外壁塗装工事をしなければらないらしい」という話が出た。

 しかし、そんな話が出ても具体的にどうしたらいいか肝心なことがわからない。

 何回も話し合ったが、見当もつかないまま、どうしたらいいかという相談が舞い込んだ。

 思えば、これがマンション管理という底の知れない分野へ足を踏み入れたきっかけになった。

| muraitadao | コラム | 19:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
【あらためて「マンション管理の常識」を見直すと・・・】一戸建て住宅との違いをわかった上でマンションを語るジャーナリズムは今までにあったか?そして これからは・・・

マンション管理専門紙の草分けの頃から書いてきた原稿が終わって次から次へ思い出すことは・・・

 「マンションタイムズ」というマンション管理専門紙に連載していた最終回の原稿を送って、一息ついた。最終回のナンバーは209回だった。

 何度か休んだこともあったが、17年あまり書いてきたことになる。掲載紙の名前も、最初は「マンション管理研修情報」というあか抜けしないものだった。

 この専門紙を創業した佐藤量一さんとの縁で、初期からのボランテイア寄稿者だった。

 そんなこともあって、彼はいつも年末になると故郷青森のワカサギの佃煮を必ず送ってくれた。これが年の暮れの楽しみだった。

 高度経済成長期のころマイホームコースという双六まがいのイメージがあり、一戸建て住宅にゴールインするまでの途中にマンションがあるが、いずれはここを抜けだしてこそ一人前・・というのが世間の常識だった。

 マンションなんて、いつまでも住んでいるところじゃないと誰もが考えていた時代だった。

 そんな時期に生まれた数少ないマンション管理専門紙の一つが、のちに「マンションタイムズ」と改名する「マンション管理研修情報」だった。

 世が世ならマンションなんて・・という時代に、早くも佐藤量一さんは専門紙の送り出し手となっていた。

 あらためて、マンションを説明抜きで語れた数少ない一人だったと思う。

 そんなころに書き始めたのが「マンション管理研修情報」の連載だった。正直にいって、最初の頃はせいぜい1年ぐらいもてば・・と思っていたが、そうならなかった。

 1年たっても2年たっても、そうならなかった。・・・・・

 マンションは着実に増え続けて、国会で語られるような時期がやってきた。

 原稿の位置づけも、もうボランテイアではなくなり、それなりの原稿料をくれるようになった。

 その後、もう年末の楽しみだった青森のワカサギはもうこなくなったが・・・。

 でも、でも、連載原稿は相変わらず書き続けていたし、時々急にやってきて会うこともあった。

  先年、そんな佐藤量一さんは、外出先で突然亡くなった。

  言葉もなかった・・・・・。

 そんないきさつで書いてきたマンション管理関連の連載も、これで一区切りついた。たぶんマンション管理だけに焦点を絞って連載原稿を書く機会は、もうないだろう。

マンション専門のジャーナリズムなんて、今だってあるかどうか。ましてマンション管理専門ジャーナリズムなど・・

 思えば、市販の新聞や雑誌に原稿を書くようになってから久しい。

 最初のころ、原稿執筆者として「○○評論家」などと書かれるのが、嫌で仕方がなかった。でも、この頃、すでに「住宅評論家」というクレジットで活動していた人は何人もいた。

 その一人から「もうそろそろ住宅評論家と自分で名乗ってもいいんじゃない?」と言われたことがある。

 それで、腹をくくった。不動産ジャーナリスト会議のメンバーにもなった。発足したばかりのマンション学会にも入った。87歳のいま発言している基盤が揃ったのはこのころからだった。

 もう30年をはるかに超える昔だが、胸の底には、いつも屈折した思いがあった。

 ・・・マンション専門のジャーナリストなんかいない。まして、マンション管理ジャーナリストなんているはずがない。・・・

やがてマンションが増え「買った後のマンション」を気にする人が増えてくると「マンション管理」という聞き慣れない言葉を聞くようになったものの・・・

 「マンションは広い意味での住宅の中の一項目に過ぎない。マンションは一戸建て住宅イメージの延長線上にあるものなのだから・・・」と誰もが考えていた時代だった。

 そんな時代、どうしても住宅評論家は一戸建て中心の活動になるから、住宅ローンの実務を取り上げる人は少なかった。

 そうでなければ、都市問題とか地域開発が中心の天下国家を論じる感じだった。日本列島改造論がどうだとか、ニュータウンがどうだとか・・・。そんなことが主流のテーマだった。

 そうした時代は、いつも長々とした議論があってもしばらくすると「理屈はわかるが、そう言っても土地がねぇ・・」というため息交じりのつぶやきが出るのが常だった。

 何しろ土地価格がこんなに高いのだから立体的な土地活用を考えるしかないという発想が広がった。そんな雰囲気の中で、昭和40年代前半にマンションという言葉が生まれた。

 マンションというのは、しかし、最初は商品名だった。

 発足後20年目だった住宅金融公庫がマンションを融資対象にした頃も、全国各地で生まれた住宅公社が住宅公団といっしょにニュータウンづくりに乗り出したときも、まだ正式用語として認知されていなかった「マンション」は使わないようにと周到に遠ざけられて、「分譲住宅」の名称で供給された・・・。

「ドアの中」の室内中心の時代感覚は「ドアの外」への無関心を生んだ。一戸建て住宅そっくりそのまま感がマンションのイメージを支えた時代だった

 この記憶とともに浮かんでくるのは、集合住宅であるマンションを一戸建て住宅に何とかして似たものに見せかけようとしたことである。

 芝生の庭こそないが、満員電車にもまれてウチに帰っても、わが家のドアを開けて一息つけば、もう一戸建て住宅もマンションも同じではないかという感じだ。

 この感じに『土地価格の高騰や都市への人口集中といった事態をどうにかする決め手は一戸建て住宅へのこだわりを捨てることだ。だから、これからの住宅は上に伸ばして高層化するのが一番だ』という呼びかけが重なった。

 この流れの背景に《一戸建て住宅の代替機能を担うもの》としてマンションが描かれていた。いわば、一戸建て住宅そっくりなイメージづくりに支えられてマンションが登場したことになる。

 こうした感覚づくりの工夫は室内の作り方で集中的に行われた。こうして、ドアの中はもう一戸建て住宅もマンションも変わらないという感じが全国に広がっていった。
                   ☆
 今にして思えば、大きな建物の一角に住みながら玄関ドアの外に広がる共用部分をほとんど視野に入れない発想の産物だった。

 集合住宅も一戸建て住宅も同じという居住実感は、言い換えれば、共用部分を抜きにした生活感覚である。
                   ☆
  この経過が、いまのマンション管理の実情に様々な影を落とすことなった。現在も続くマンション管理の実情は、こうしたいきさつが生みだしたものだった。

 マンション管理を語る専門ジャーナリズムの様子との関わりについても、感想は尽きない。

| muraitadao | コラム | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
【あらためて「マンション管理の常識」を見直すと・・・】マンション管理関連の連載に一区切りつけて改めて思う「書く言葉」「話す言葉」の重さ

「マンション」を語る専門ジャーナリストはめったにいなかった。まして「マンション管理」となれば・・・

 マンションタイムズというマンション管理専門紙に連載していた最終回の原稿を送って一息ついた。最終回のナンバーは209回だった。

 いろいろな場所で書いてきたマンション管理関連の連載も、これで一区切りになる。たぶんマンション管理だけに焦点を絞って連載原稿を書く機会は、もう、これでおしまいだろう。

 思えば、市販の新聞や雑誌に原稿を書くようになってから久しい。

 最初は、住宅評論家というクレジットだった。住宅そのものを語る文筆家は昔も何人かいたが、住宅ローンの実務を取り上げる人はとても少なかった。実務出身の書き手が少なかった事情もあって、お金や生活との関連でリアルに住宅を語る日々は30年以上になった。

 やがて、いつとはなしにそんな状況も変わり、今度は、マンションに絞って語ったり書いたりすることが多くなった。

 さらに、それが「マンション購入」や「マンション選び」から「マンション管理」という限定された分野になると、「マンションとは・・」といったそもそもの総論よりも、「マンションの何がいま気になるか」という側面について書いたり話したりすることが多くなっていった。

 この状況はまた変わって、今度は、新聞や雑誌がマンションを取り上げること自体が激減していった。

 そうなると、新築分譲マンションが増え続けるのに具体的なことがわからなくて不安を持つ人も増える結果になった。

 だからということではないはずだが、マンション管理センターに協力していた事情もあって、北海道から沖縄までセミナーや講座に足を運ぶことが一気に増えた。都道府県市区やNPOなど公的なケースだけ引き受けることにしていたが、それでも実に様々な人に出会って、熟知していたつもりのマンション管理の認識を改めて確かめ直すことが何度もあった。

もっと勉強しなければ・・という感想を聞いた時の苦々しさ。マンションに住むならまず勉強・・という奇妙な空気の腹立たしさ・・・

 こんなころ、ときどき予想外の人に出会った感想の苦々しさを今も思い出す。気分の悪い記憶でもあり、そこはかとない腹立たしさを覚える記憶でもあったが、同時に、この屈折した記憶がこのブログを現在まで長い年月にわたって書き続けさせたことにもなったような気がする。
                   ☆
 それは、ある大都市で開かれたセミナーが終わった時だった。

 「ぜひお会いしたいという方がホールのロビーでお待ちです」という連絡があった。まったく心当たりもないままロビーに行ってみると、中年の人がひっそりと待っていた。銀行員だと名刺できちんと名乗ってから、その人は次のように言った。

 『今日のお話を聞いて、私も、もっともっと勉強しなければと思いました。』

 で、こう答えた。

 『お越しいただいてありがとうございました。でも、そんなふうには考えないようになさってください。だって、自分のウチに住むのに勉強しなければならないことなんて、ないですからね。』

 そのときに話した内容はもう覚えていないが、このやり取りは、その人が「勉強・・」という言い方で法律談義を持ちかけてきたからだったことを記憶している。

 こうした経験は、ところを問わず何度もあった。郵便や電話だったりしたこともある。神田神保町のマンション管理センターまで遠方から訪ねてきた人もあった。

 大半の人が、ある種の思い違いをしていた。それは、マンションに住むには欠かせない予備知識が要るという思い違いだった。

 この当時、新聞や雑誌、テレビなどが今までと打って変わって、マンションのことをしきりに取り上げていた。普段は、あまりマンションがどうだとかいう情報を聞き慣れていないために不安を覚えた人が増えたはずである。

 そんな時期にセミナーや講座に足を運んできたのだから、マンションに住んで直面している問題の答えを何とかして見つけたいと切実に思っていたはずだ。

 そうは思ったものの、マンションに住むという当たり前のことに「勉強」という言葉が結びつけられているのが正直に言って嫌だったのだ。
                   ☆
 今も、まったく変わっていない実感がある。

 書くにせよ話すにせよ、必ず使わなければならない言葉をどう考えるか、という点だ。言葉がきちんと通じるためには、その言葉を使う人の想像力が裏付けになっていなければならない。だから、誰でもきちんと「わかっている」ことしか語れない。わかっていなかったら、使う言葉が借りものになる。身につかなくて浮いたものになってしまう。
                   ☆
 「語る言葉」は「理解できた言葉」に限られるのだ。誰が、いつ、どこで、何を語るときも、そうなる。・・・

 逆に言えば、理解できないことは語れないということになる。
                   ☆
 とすると、語られることが少ないのは、それほど理解されていないことが多いからだろうか。

 そうことなら、マンション管理を語る人が今もこんなに少ないのは・・・。
                   ☆
 もう、やめておこう。

| muraitadao | コラム | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
【あらためて「マンション管理の常識」を見直すと・・3】まさか国会でマンション管理のことが・・20年前の2月がすべての始まりだった

国会の、それも衆議院の予算委員会でマンション管理のことが質問されたって?そんなことあるはずないじゃないか・・・

 2月になると、必ず思い出す。1999年(平成11年)2月4日の国会の衆議院、それも予算委員会で分譲マンション管理の問題が議論されるという、それまで誰も考えなかったことが起こったからだった。

 そんな話、あるわけないじゃないか・・・。

 国会でマンション管理の話が出るなんて、そんなはずない。何かの間違いに決まってる。

 でも、間違いではなかった。分譲マンションの管理の仕組みについて現実的な視点で具体的なやりとりが展開されたのだ。

 その記憶は、ちょうど20年過ぎた今も鮮明に残っている。

 それぐらい思いがけなかった。

 実際、あの時の質問がきっかけでマンションをめぐる様々な動きが起こり、マンションという言葉を名称に取り入れた「マンション管理適正化法」が生まれ、この法律による国家試験資格としてマンション管理士などが生まれることになったのだから。

 当然マスコミの視線も一変した。それまでとは豹変した感じの視線が、にわかにマンションの管理に向けられた。テレビも新聞もマンションの管理のことを連日にわたって取り上げた。ある全国紙は、社説でマンション管理のあるべき姿を堂々と論じ立てた。たぶん、社説でマンション管理が論じられたのは日本新聞史上初めてだったのではあるまいか。

 雑誌や単行本にもみるみるうちにマンション管理ブームが広がり、神田の書店街ではマンション管理コーナーまでが売場に特設される光景まで現れた。

 住宅ローンで付き合いがあった新聞や雑誌が、ひっきりなしに電話をかけてきた。テレビやラジオもそうだった。電話で聞いただけでわかったつもりになられると困るし、それがまた新しい問題になりかねないから、きちんと取り上げるつもりならこちらに来なさい、それが嫌だったらもう細かい話はしないから・・とはっきり言ったこともあった。

 でも、こんなにざわめいた様子が長続きするはずがないと思っていた。果せるかな、この熱っぽさは短命だった。その後のことは書くまでもあるまい。

368万戸から644万戸へ。20年間でこれだけ増えたマンション。今や超高層も珍しくはない時代となったが・・・

 国交省の「分譲マンションストック戸数」のデータで見ると、この20年間でマンション戸数は368万戸から644万戸と276万戸の増加となっている。これだけのマンションは規模や立地など様々に違うはずだが、過ぎた年月に対応して古くなっているのは間違いない。

 そんなマンションで、大規模修繕工事とか長期修繕計画などはどうなっているのだろうか。マンションは良きにつけ悪しきにつけ、経過年数が長くなるほど居住性のレベルが下がりやすくなるが、管理の様子はどうなのだろうか。

 空き家は?
 高齢化は?
 外国人は?
 大災害は?
 ・・・・
 そして
 管理組合は?
 管理会社は?
 マンション管理のプロたちは?

 東日本大震災もあったこの20年間で未経験のことが一気に増えたと、あらためて思う。マンション管理の世界は、ある意味で経験原則が重視される分野だ。それだけに、在来の総論原則では手に負えない物件ごとの問題があると固有の練達した経験があっても立ち向かえなくなることが昔から心配だったし、今もそうだ。

 大震災など未曽有の自然災害に超高層マンションの増加という言葉から浮かび上がるシーンは次にどう展開していくのか。経験に裏付けられた予測ができない不安を否定できない。
                   ☆
 マンションが建てられれば、その数だけマンション管理の対応度の必要性が大きくなる。何年たってもマンションがマンションとして同じ場所に建ち続けるのは管理の裏付けがあればこそだ。その意味で言えば、マンションの管理はあくまでも居住性の確保に視線を向け続けてきた経験の集積だと断言していい。

 管理という課題は過ぎていく長い年月の経過への対応なのだ。マンション管理の本質は、物件ごとに固有の居住者としての経験に支えられた時に、初めて真価が実現する。短時間で通り過ぎる旅行者の滞在経験と、長年月にわたる居住者の生活経験は基本的に違うからだ。
                   ☆
 大丈夫なのか。

| muraitadao | コラム | 10:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
【あらためて「マンション管理の常識」を見直すと・・・ 2】45年目の実感:管理組合のわかり方はマンション管理実務への関心次第で決まる!

「お住まいのマンションは何戸ですか」「名前と顔がわかる人は何人ぐらいですか」と聞かれてすぐ答えられる人は・・・

 同じマンションに45年も住み続けていれば、居住年月の記憶に管理組合組織との関わりの記憶が重なるのも当然だろう。

 もっとも、これは目の前の事態から目をそらすことができない人間の話かもしれない。人は様々だから、全然そんなことがない人もいるだろう。

 いや、むしろ、そっちの方が多いのではないか。

 同じマンションに住んで同じ年月の間に同じようなことを見てきたのに、そんなことどこ吹く風・・・という人は、確かにいる。それも、一人や二人ではない。どこ吹く風ではあっても、けっこう社会的な地位の高いその辺とは違う人もいるのだが・・・。

 同じマンションに住んできた人の顔ぶれを思い出すと、竣工後10年ぐらいまでは高級官僚もいたし、大学教授もいた。一部上場大企業の幹部もいたし、劇作家もいた。大メディアの人も、ハイレベルの作曲家もいた。

 みんな、いつとはなしに顔も見なくなってしまったが・・・。

 マンション住ま45年の記憶は、こんな人たちと顔を合わせてきた年月の記憶であり、いつとはなしに顔を合わせなくなってしまった年月の記憶でもある。玄関やエレベーターで出会った時に何気なくとりとめもない言葉を交わしてきた記憶の積み重ねかもしれない。

 しかし、こんな人たちとの交流の記憶が、管理組合と関わってきた記憶に重なることはまったくない。こうした人たちの記憶に管理組合との関わりは、40年以上に渡って、いつも無関係だった。

 同じマンションに住んでいても、年齢や仕事、生い立ちなどはみんな違う。人づきあいに関わる感覚も、性格に応じてかなり違う。加えて、最近は名前さえ出したがらない人が多いから、顔に見覚えがあっても誰だかわからないままの人もいる。何年も前から「○階の○○号あたりの人」といった見極め方しかできない人もいる。

 実感から言えば、そんな人たちが確実に増えている。

 決して名乗らないからどこの誰だかわからないものの、玄関などで見かけるあの不愛想な人は何号室の人だろうとか、何かにつけて見当違いのクレームを持ち込むのに名前がわからないといった人がめっきり目立つようになった。

 何かとこちらの生活感に影を落とす人が壁や床を隔てただけの至近距離のところに住んでいるのに、名前がわからないという不可解さやもどかしさは、もしかすると長期滞在型のホテル住まいと似ているのではあるまいか。

 人は「親を選べない」というのと全く同じ重さで「隣人を選べない」という固い実感がいつの間にか生まれていた。

 こうした環境であれば、マンションだの管理組合だのという言葉など、この人たちには思いも及ぶまいと思うようになる。

 黒塗りの車で送り迎えのあの人物は、自分の住戸以外のことなどほとんど関心を持ったこともないのではあるまいか。
                   ☆
 この実感には、エレベーターで始めて乗り合わせた人に会った時の感じとどこかで通じるものがある。最上階に住んでいるので、1階に着くまで1分足らずのわずかな時間でも、途中階から乗ってくる人の顔ぶれが自然となじみ深くなる。「今日、○階で乗ってきたあの人は、もしかすると昨年の秋に越してきた人だろうか…。あれは、ちょうど3回目の大規模修繕工事が終わった直後だったが…」などと、とりとめない感想がしばらく続く。
                   ☆
 でも、そういう人はマンションの管理組合のことまで確かめて買ったとは、正直なところ考えにくい。チラシの物件概要に出ている管理費や修繕積立金ぐらいは見ているかもしれないが・・。
                   ☆
 このマンションでは役員が当番階方式で決まるルールになっているから、中古マンションとして引っ越していたばかりの人と管理組合の役員会などで一緒になることがある。やり取りを重ねているうちにその人が「このごろ越してきたばかりで、管理組合のことはあまりよくわかりませんので…」などというのを聞いて、「あ、そうか、やっぱりな…」と思ったことが何度もある。

建築後年数が経ったマンションほど 自分の住むマンションの過去がわかりにくくなっていく

 実感で言うと、どこであろうと古くなったマンションでは竣工以来の居住者が確実に減っているはずだ。そうなれば、自分が住んでいるマンションの過去を知る人は間違いなく減っていきつつあるはずだ。

 竣工したあと、いつごろ管理組合が生まれて実質的に動き始めたのだろうかであろうと…。こんな疑問がわいた時「法律の考え方では区分所有者が複数いれば、そのマンションには管理組合が存在していると見なすものだ」などという理屈は全く役に立たない。

 管理組合では誰にもわからないことがあっても管理会社なら知っているはずだなどと訳知り顔で言う人がいても、その管理会社が倒産したり、企業統合などで一変したりしていることも、もう珍しくない。そんなことがなくても、古い時期のことは担当者だった社員が定年退職でいないなという話はザラにある。

 もう、やめておこう。キリがない。
                   ☆
 どんなマンションでも、竣工してから重ねられてきた管理の年月は、こうしてわからないことばかりになっていく。

 どれほどリッチでデラックスであろうと、マンション住まいは大きな建物の一角で暮らすことに変わりがない。そこに気がつかない人は、自分の住戸が位置している建物の全貌についての無知さに自覚がないまま、あたかも自分の住戸だけがぽかりと空中に浮かんでいるかのような錯覚にとらわれている…。
                   ☆
 どこのマンションにも、それぞれ固有の歴史がある。だが、今のマンション管理のシステムには、そういった人間感覚に対応できる仕組みがない。

 辛うじて自分の必要に迫られながら見つけてきたことも、だんだんおぼろげに消え失せ始めている。
                   ☆
 自分の住むマンションのことも知らないのに、物事を決める仕組みではそこにまったく関係なく意思表示できる…。

 おかしくはないか。

| muraitadao | コラム | 08:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
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