村井忠夫のマンション管理ブログ

村井忠夫のマンション管理ブログ
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 32】45年間住んでくると エレベーターでマンションがわかるようになる。住んでいる人の様子も、管理組合のことも、管理会社のことも・・・

マンションのエレベータ―は「人は様々、十人十色」を永遠に実感し続ける空間ではないか

 マンションのエレベーターで、誰かと二人っきりになることがある。ほんの短い時間だが、誰かと密室の時間を共有することになる。

 45年間、住んできた11階。エレベーターに乗る時間はせいぜい1分足らずだから気になるほどの長さではないのだが、同じところに住む人間同士にとって、エレベーターは住み手としてお互いの顔を合わせる場所でもある。

 最上階に住んでいるから、途中階から乗り降りする人の顔ぶれで長年にわたる住み手の様子の一端もわかる。

 いつも見かける人と乗り合わせた後しばらくたって、エレベーターを降りてから「そう言えば、あの人、このごろ見かけないな」という感じで、会うことがなくなった人のことに気づく時もある。逆に、初めて見かけるようになった人の名前が気になって尋ねたりすることや、いつもと違う時間に乗り合わせて久しぶりに会った人もいるし、見慣れない人と一緒になることもたびたびある。

 10戸近い棟で4基あるエレベーターの一つを毎日のように利用してきた実感は、いつも、乗り合わせた人たちの記憶に重なる。

 その記憶は、「いろんな人がいる」という平凡だが、否定しようもない実感と確実につながっていく。
                   ☆
 エレベーターに乗って頭に浮かぶ「いろんな人がいる」という感想は、やがて「いろんな人がいた」という過去の追憶につながっていく。この頃は何かにつけて、マンションに住んできた長い年月を何となく思い起こすことが多い。

「十人十色」の意味が今までと違ってきた。「昨年の十人」は「今年の十人」と違うから「十色」の色合いが違う

 でも「いろんな人がいる」といっても、昨年の「いろんな人」は今年の「いろんな人」とは違う。「いろんな人」の顔ぶれは年とともに変わるのだから。

 いろんな人がいるから、十人十色になる。

 マンションは、まぎれもなく十人十色の世界。

 おまけに、いつも入れ替わる十人十色の世界。

 さらに、去年の十人と今年の十人が変わる世界。

 顔ぶれが変わらなくても、確実に、誰も齢をとる。齢を重ねれば、どうしても人の様子は変わる。

 会った人の様子が変わった分だけ、こちらも様子が変わっているはず。自分で気がつかなくても、たぶん自分の思っている以上に変わっているはず。

 去年の十人は今年の十人と違うし、今年の十人は来年の十人にはならない。
                   ☆
 以前は、「住まい」という言葉や住む人に何となく定型化、もっと言えば画一化されたイメージがあった。説明抜きで「マイホーム」という言葉が説明抜きで同じ光景を描き出せた時代があった。

 パパがいて、ママがいて、ボクがいて・・・というシーンで住宅業界のCMがつくれた。

 ハウスメーカーも、商品のイメージはそうした発想を前提としていたと思う。

 たぶん、そこはマンションも同じだっただろう。

 だから、いま600万戸を超えるマンションの大半にもそんなイメージでできた物件がかなりあるはずだ。

 DKとかDLKなどという言葉も集合住宅の歴史の中で生まれたのだから。

 マイホーム、終の棲家、核家族・・・。

 ある程度の年数がたったマンションでは、そういうイメージが重なる人とそんなことにはまったく無縁な人とが、いま隣り合わせて住んでいる。

 人には、それぞれに年齢相応の住居歴がある。マンションに住む人にも、それぞれ全く異なる住居歴がある。

 しかし、しばらく前まで、めったにそんなことを考えりしなかった。

 だが、この頃は違う。・・・
                   ☆
 エレベーターに乗った時、漠然とそう思うことが多くなってきた。

| muraitadao | コラム | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 31】「相談」という言葉に隠れた情報発信の重い意味に気づいている人はどのくらいいるだろうか

仕事としての「相談」の意味を《道を聞かれて答える》レベルの軽いものと勘違いしてはならない!

 住宅の世界に関わるようになったのは63年前の8月。発足して5年目の住宅金融公庫に入った時からである。戦後10年が過ぎたばかりで430万戸の住宅不足がまだ切実な時代だった。そんな頃から800万戸を超える空き家続出時代まで半世紀以上の歳月の流れを、いろいろな角度からずっと目の当たりに確かめ続けてきたことになる。

 思い出すこと語りたいことは山ほどあるが、やめておく。

 しかし、一つだけ書いておきたい。それは、仕事で何度も「相談」をする部門に携わった時の実感経験だ。

 「相談」は、いろいろなことをかかえた人に面と向き合う仕事である。そういう仕事に何度も関わってくると、いろいろな人の口から様々な話を聞いてきたという確かな実感を記憶することになる。

 当然ながら、相談窓口にやってくる人は誰もが「聞いてほしいこと」をいっぱい抱えている。どうしても聞いてもらわなければ困るからこそ相談窓口に足を運んでくるのは、治したい病気があるから病院に行くのとまったく変わらない。

 その意味で、相談に来る人たちから聞く話は、間違いなく本や新聞・雑誌では決してわからない現実感にあふれるようなことばかりだった。

 どんな分野であれ、相談は、一対一の対話という形で展開する。どっちでもいいような話なら、わざわざ相談したくて足を運んでくるはずがない。切羽詰まって聞いてほしいことがあるからこその対話が相談なのだ。

 だが、大抵は聞く方も聞かれる方も初対面だ。目の前にいるのはどんな人なのか、会ったばかりで名前すらわからない状態でも、相談に乗る方は、目の前の相手がまず《いま、ぶつかっている問題は、いったい何なのか》を口に出して余すところなく語り終えるまでじっと聞いていなければならない。決して、口を挟まずに・・。

 対話の流れが《どうしたらいいか》という方向に向かうのは、すべてその後なのだから。

 聞かれたことによっては答えが見つからない場合も珍しくない。そんな時には、いっしょに答探しをする覚悟がこちらにも必要となる。

 相談でやり取りする言葉が、そのまま質問者の判断の手がかりとなり、その判断の結果はもしかすると長い年月に影を落とすかもしれないが、相談を求められている自分が答えられそうもない・・と気がついても決して逃げてはならない。

 ここからは、一緒に答探しに付き合うという感覚が必要になる。
                   ☆
 住まいの問題の相談は《つくりごとのお話》ではない。儲けて利益を得るための資産として住宅を手に入れようとする人なら、もともと相談などしてこない。損得に目ざとい人は、口に出さず黙ったまま自分で答えを見つける心得があるのだから。

 そこに気づいたのも、相談の実感だった。
                   ☆
 だが、答えが見つからないままの相談であっても、そうした相談が何も役に立たなかったということには決してならない。今でも、そう思う。

 てきぱきしたやり取りとは程遠いボソボソした対話であっても、相談に来た人は、何とかして自分の言葉で少しずつ質問し続けているうちに、当の質問者自身が何となく自分でも気づかぬうちに、頭の中でもやもやとぼんやりしていた考え方がだんだん整理されてくる感じになるからだ。

 その実感がわいてくる程度の時間が経過すると、ほかならぬ相談に答える方も相手に通じる言葉や言い方をつかめてくる。この人にはこんな言い方が向きそうだとか、こう話せばいいのではないか、という感じで。

 そんな過程をたどるうちに、答えが見つかりそうな方向に近づくことはとても多い。
                   ☆
 まず、口に出して《話してみる》ということがどれほど有効か・・。その実感の積み重ねが、少しずつ相談者の力量や努力に支えられる対話の意味を固めていくことがわかったころ、33年間の住宅金融公庫の定年を迎えた。

「相談には人の数だけ答がある」こと、「その答は人に通じる言葉で語られてこそ意味がある」という確信がその後の人生を支えてきてくれた・・

 定年を迎えたとき、この思いはほとんど確信的に固まっていた。

 住宅の問題は、どんな意味であれ、きわめて現実的な問題である。だから、何とかして答えを見つけなければならない問題だ。

 住宅を語るときに言葉と理屈が必要になるのは、そうした意味で答えを確かめる必要があるからだ。当然ながら、その言葉や理屈は誰にでも通じるものでなければならない。

 これは、住宅に関するすべてのことに言えるし。個人であろうと業界人であろうと、役人であろうと学者であろうと、ジャーナリストであろうと全く変わらない。

 住宅について考え、語り、書くことは、どんな意味ででも独りよがりになってはならないのだ。

 自分が発信者になる情報の言葉や理屈は、すべて受け入れられるかどうかで意味が問われる。
                   ☆
 こうしたことを確信的に考え始めたことが「住宅評論家」というクレジットを使うようになったきっかけだった。

| muraitadao | コラム | 12:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える30】「このセミナーは参加者の顔がみんな暗いですね」と記者に質問された30年前の夏の日を思い出す

最初の大規模修繕工事が今にして思えばマンション管理との関わりの始まりだった

 初めて自分のマンションで大規模修繕工事に取り組んだのは、元号が昭和から平成に変わったころだった。もう30年前になる。マンション管理センターはまだ生まれていなかった。

 だから、今でこそ珍しくない大規模修繕工事についての情報が雑誌に出ているわけでもないし、参考書やセミナーなどもまったくない時代だった。

 今と違って書店全盛の時代だったが、それでもマンション管理の本や雑誌は全くなかった。品揃えの多い大型書店でマンション関連の本を探す時には、だいたい「趣味」のコーナーに近いところを探すのがコツだった。「金魚の飼い方入門」と並んでマンションの本が見つかったこともある。

 ついでながら、私自身は、マンション管理に関わるようになる前は「住宅評論家」というクレジットで書いたり話したりする機会が多くなっていた。住宅ローン関連の本などはもう何冊も書いたりしたが、マンションの本となると、どの出版社も書店も《まだまだ、とても、とても・・》という状況だった。

 そんな時期に、私は住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)から当時の大正海上火災保険(現・三井住友海上火災保険)に移った。公庫では、30年以上にわたって天下られてきたのに、今度はわが身自身が天下らされることになった。複雑な気分だったと言わねばならない。

 そんな経緯があったから、大正海上火災に移った時、何かそれなりの意味を見つけたかった。そこで浮かび上がったものの一つが、マンション管理だった。

 まず、マンション管理セミナーを開いた。具体化の段取りを一切合切こしらえた上での提案を会社が取り上げてくれた。よくぞ関心を向けてくれたと、今も感謝している。

 それはそれとして、まだこういうセミナーは少なかったから、都市部でも地方でもかなり参加者が多かった。普段あまり本やセミナーとか講演会に縁がないような人でも目に留まって気になるような現実的なタイトルで、プログラムを考えたのが的中したと思う。説明的で長ったらしいタイトルが多かったのも、それなりに工夫した結果だった。

 そんな内容のセミナーの開催告知の記事を住宅ローン関連原稿で付き合いのあった新聞に出してもらったこともあった。今と違って、この時代は新聞購読者が多かったから、効果は絶大だった。

 実を言うと、プログラムづくりの段階では、具体的なテーマを自分の言葉で語れる講師を選ぶのが大変だった。本で知った観念的な理屈ばかり並べるような人では、リアルな苦労を重ねてきた人たちを前にした説得力を期待できるわけがないと思ったからだ。

 しかし、それを気にしていると、「これぞ」という人がなかなか見つからなくなる。時間も予算も限られた中で実現を急ぎたい事情に困り果てて、結局、自分自身が講師として演壇に立つことが多くなっていった。でも、自分が講師になれば、自分の言葉で、自分の考えていることを語ることができる。

 骨は折れたが、充実感は確かにあった。

 こうして、自分が住むマンションで未経験の不安に耐えながら取り組んだ大規模修繕工事の経験が支えになって、マンション管理との長い関わりが始まった。

セミナーの会場に来た取材記者が言った「ホールの人がみんな暗い顔をしてますね」

 そうした経過でセミナーの情報を流してくれた新聞の中に、セミナーの開催そのものに興味を持ってくれた全国紙があった。マンション管理セミナーがまだ少なかったから、開催自体にニュースバリューがあったのかもしれない。8月のある土曜日、全国紙の記者がホールを訪ねてきた。東京の会場で300人ぐらいの参加者があったと思う。

 この日、私自身が1時間ほどの話をすませて控室に戻ると、取材に来た記者が待っていた。その記者は、セミナー開催の意図や開催までの経過、マンションの現状などをいろいろ聞いた後でこう言った。

 《ずいぶん参加者が来ていますが、会場の様子をみるとみんな一様に深刻な暗い顔をしている気がします。いったい、なぜなんですか?》

 正直、ちょっと驚いた。まさか、こんな質問をされるとは思っていなかったからだ。

 で、率直にこう答えた。

 《当たり前じゃないですか。自分のマンションで困った問題にぶつかって、どこに聞いたらいいかわからない人ばかりが、このホールに足を運んできたんですからね。》

 この取材結果が紙面に出たのかどうか、覚えていない。だが、このやり取りの記憶は30年が過ぎた今も鮮明である。

セミナーの終わった後ホールの入口で待っていた人の話を聞くと・・・

 でも、このときに限らずどのセミナーでも終わった後が大変だった。

 参加者がいなくなって静かになった会場の入口で待っている人にいろいろ聞かれることが何度もあったからだ。

 そういう形で会った人は、いつも初対面だから無理もないとは言うものの、訥々とした話の中身を聞くのが大変だった。何を聞きたいのかを確かめていくと、結局のところ「さきほどの話は、ウチのマンションの場合どう考えたらいいのかわからないので、そこを教えてください」ということになるのが、どこのセミナーでも共通していた。
                   ☆
 こうした経験を重ねるたびにはっきりしてくる実感があった。それは、マンションの管理でぶつかった問題は、結局のところ自分の住むマンションに固有の条件を当てはめて答探しをするしか方法がないという点だ。

 だが、こうは言っても、実際問題となるとなかなか難しい。結局、最後は自分たち自身で結論を出すしかないのだが、決めるときの判断の手がかりになる情報の使い方にはいささかの急所があることだけは知っておく方がいい。今日は、お住まいのマンション向けの急所だけ話しておきますから、その後のことはまた機会を改めて聞いてください・・・。

 大体そんなことを話していくと、ほとんどの人はいくらか落ち着きを取り戻して帰っていった。

 そこから後は、いろいろだった。半分ぐらいの人はそこでおしまいになったが、さらに質問が続くこともあったし、次のセミナーにまたやってくる人もあった。手紙で20本以上の質問を送ってきた人もいた。
                   ☆
 それからは、人の数だけ直面する問題が違うという実感を重ねる日々だった。自分自身が住むマンションで大規模修繕工事をすませて間もない時期だったから、こういう場合の「困り方」を聞くと放っておけぬまま何か語りかけずにはいられなかったというのが正直な実感だった。

 そのときから現在まで、マンション管理について関わりたいという気持ちを支え続けてきたのはこの実感があったからだ。住宅金融公庫の時代に取り組んできた「相談」という方法の意味の重さにまた気がついたのも、この実感がきっかけだった。

| muraitadao | コラム | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 29】自治体情報の情報ネットにコンビニや銭湯があってもマンションがないのはなぜ?

災害のニュースでハザードマップのことを解説する人はこの情報の届き方の実情を知っているのだろうか

 月が変わったが、暑さが日ごとに堪える。先月は猛暑や大雨に加えて、いつもと動き方が違う台風まで重なって大変だった。そんな一か月だったが、災害ニュースの中でハザードマップにふれたものが今も何となく気になっている。

 災害は地域ごとに地形や歴史など固有の状況に対応して起こるという意味で、完全に局地的なものだ。だが、その全体像は自分の狭い感覚ではとらえられない。だから、全体像がわかれば目前で起こっている不安な事態にどこかでつながることが確かめられる。

 天気予報がつねに全国の気象概況から始まって各地方ごとの天気に移り、それから都道府県別、さらに場合によってはエリアごとに細分化されていくほどリアルになって期待値に近づいていくことが、何よりもそれを物語っている。

 災害は誰にとっても「自分が今いる場所」を中心とした狭い事態として受け取られるのだが、それだけに眼前の事態がなぜ起こったのか、これからどうなるのかということが自分一人の感覚でとらえきれない心細さを伴う形で残る。

 でも災害に直面している自分の座標を確かめることができれば、そんな不安を減らせることになる。

 だから、そのことを確かめるための情報があれば、その意味の効果は小さくない。ハザードマップが現実的で有効情報になる理由は、そこにある。

 ・・・などと考えてきてふと気がついたのだが、自分の手もとにあるはずの肝心のハザードマップをどこにしまったか、どうしても思い出せない。

 マンションで数年前に管理会社から全戸に配布されたというはっきりした記憶があるのだが、そのときにどこへしまったのか・・・。

 このマンションで居住歴が長くて親しい人にも聞いてみたが、似たような感じで何となくはっきりしない。

 結局、市のサイトで最新のハザードマップで確かめて、少し落ち着いた。

 全戸配布のハザードマップのことを聞いた人は、わざわざ電話で市役所に聞いてくれたらしい。市役所では今年3月に全戸配布しましたと言っているらしいが、これも心当たりがない。

 いくら齢を重ねていても、この3月のことを思い出せないほどおぼつかない状態ではないから忘れてしまっているはずがないのだが。
                   ☆
 岡山や広島の豪雨災害を伝えるテレビで、専門家と称する人が「ハザードマップをよく見ておくといいですよね」などと話していたのを思い出した。だが、すぐそのあとのシーンで「ハザードマップを見たことがありますか?」と聞かれた被災者が「え?何ですって?ハザードマップなんて、そんなの知らない」と答えているのを見て、やはり・・・と思ったことも。

 こうした資料を作って配布する市役所や区役所の実情や配布資料を受け取る住民の複雑多様な状況を考えれば仕方がないのかもしれないが・・。

 それにしても・・などと脈絡もないことが浮かんでくるまま、また猛暑の夏の午後が過ぎた。

ネットで見るとどこの市や区でもそれなりの説明が出てくるのだが・・。ネットも見ない、新聞もとっていない人はどうするのだろう・・・

 わが身自身のあいまいさを自覚したのがきっかけで、自分の住む市のハザードマップはネットで何とか確かめることができた。

 探し物を見つけたような気分で一息ついたのだが、この機会によその市や区の様子を知りたくなり、いくつかの市や区のサイトをあたってみた。

 少し時間をかけてあちこちのサイトをみて、どこの自治体もハザードマップを含めた災害情報にはそれなりの方法で取り組んでいるらしいことがわかった。

 しかし、同時に、かねてから気になっている点が多くの自治体で共通しているらしいこともわかった。大ざっぱにあげてみると、こうなる。

.好泪曚覆匹鯀枋蠅靴織好織ぅ襪離咼献絅▲訃霾鵑多いのだが、パソコンもスマホも使わない人にはまったく使いようがない。

△修Δ靴真佑砲郎も紙ベースの情報しか手がない。ところが、その配布が新聞折り込みのチラシといっしょになっていると、新聞をとらない人には情報が届かない。

7覿鼻▲好泪曚發覆ぁ▲僖愁灰鵑皀瀬瓠⊃景垢發箸辰討い覆た佑自治体情報配布ネットの盲点になっている。これにはどこも手を焼いているらしい。

 まだいくつもあるのだが、ブログで論文まがいのことを並べても仕方がないからやめておく。

 だが、居住人口が市人口の2%近いマンションに住む一市民としては、上記のような自治体情報配布の苦労にはかなり共感することが多い。

ハザードマップもさりながら「住民向け情報」発信ネットにマンションを含めた再検討が欠かせない!マンション コミュニテイはお念仏にあらず!

 高齢化や非婚化によってどこでもこうした実情が生まれていることは、とてもよくわかる。管理組合が居住者向け情報を発信するときにも、似たような悩みがあるからだ。どういうことを、どういう方法で、どう伝えるかという難しさは全く同じだから。

 でも、マンションは集合住宅だから、物件の実情に対応したそれなりの方法がある。大小新旧の条件で住む人の属性がある程度まとまっているからだ。
                   ☆
 自治体がこの点に目を向けないのは、なぜなのだろう。今のような時代になって新聞を読まない人への情報配布方法に気づいた自治体は様々な場所に配布スポットを作っているが、その内容を見ると駅や郵便局、コンビニ、スーパーはもちろん書店や銭湯などもあって苦労のほどがしのばれる。

 それなのに、自治体の方ではマンションの場合をどの程度に考えているのかが、あまりよくわからない。中には「オートロックマンションの場合は、戸数分の部数を管理人の方にお渡しする場合もございます」などと断る自治体もたまにあるから、たぶん念頭にはあるのだろうが・・・。

 マンションがこれだけ増えてどこでも存在感が大きくなっているのに、何だかピンと来ない。

 ちょっと前に、マンションのコミュニケーションがどうだとかいう議論がかなり盛んだったことがあるが、こういう地域レベルの情報ネットでマンションの位置づけを考えていた人はどこにもいなかったのではあるまいか。

| muraitadao | コラム | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 28】日本で2番目に小さい市のマンションに住んできた一市民のコミュニテイ実感

この暑さの中で市長選挙。市長がセクハラさえしなければなかったはずの選挙って、いったい・・・

 天気を熟知しているはずの気象庁が、とうとう「災害」並みの認定を打ち出すほど異常な暑さ。その暑さの最中のこの前の日曜日に、市長選挙があった。

 都庁出身の市長がセクハラ批判で急にやめてしまったおかげで、予定外の選挙となった。セクハラなんかしていない・・・と抗弁したようだが、結局、やめる羽目になった。

 何だかあいまいで、事情がさっぱりわからないままの選挙だった。

 市長はやめるという意思表示を確かにしたが、政策上の問題があったということはなかったらしいから、セクハラという言葉だけがやたらに目立つ感じになった。

 わかりにくいことばかりの中ではっきりしていたのは「辞める」ということだけだった。しかし、本当に《辞める》時期はボーナス支給の時期に入ってから・・という話が新聞の地域面に出ていたとかいうことも聞いたが、実際はどうだったのか。一市民のこちらに肝心のことが何もわからないもやもやした不快感が残った。

 日本中で下から二番目に小さいという超ミニシティのローカル選挙だから、結果はすぐ出て、元副市長が当選とわかった。

 何となく着古した洋服にまた浮かない気持ちで袖を通すの似た感じがする。手間、暇、費用をかけて確かめた結果を見て「やれやれ、どうにも、これでは、この先も・・」という気分だった。
                   ☆
 そう言えば、財務省の偉い役人がセクハラで急に辞めたというニュースは、ついこの前だった。このニュースで辞めたのは次官だったという。旧大蔵省の次官がどれほど偉いかは、天下られた時代に余すところなく確かめさせてもらった。思い出したくもない記憶が今もありありと浮かび上がってくる。

 それに比べれば、今度、急に辞めたのはちっぽけな市の市長だ。都庁の役人だったそうだから、地味ながら実務的には手堅い仕事をしていたのだろうと思うが、正直なとろ、よくわからない。

常識のない人間が影響力のある地位につく不可解さが生まれる理由は「非常識欠陥の隠し上手」か「非常識を全く考えていない仕組み」か

 セクハラは「やってはならないこと」という意味で、人間として当たり前の常識である。財務省の次官とか市長でなくても、人間ならすべての人に当てはまる常識中の常識だ。こういう常識を「道徳」という言葉で語るのが好きな人も多いらしいが、それは棚に上げておこう。

 いずれにせよ、そんなわかりきったことが問題になったという事情だけがはっきりしていて、何か政策上の問題があったのかどうかは全く分からないままの選挙だった。なけなしの費用と汗だくのエネルギーを投じた選挙の意味は、今もってさっぱりわからない。

 そんな選挙をやったのは、いったいなぜだったのか。

 大人なら誰でも心得ている常識があるかないかは、表から見ただけではわからないことが多いから、今度のことは予想外で意表をつくように起こったことが、まず一つの理由だろう。まさかあの人があんなことをやるとは・・・、まさかあれほど優秀な人があんなことをするはずがない・・・と、誰もが思ったに違いないし・・。

 この予想外の感じは、財務省次官の場合も市長の場合も変わらない。

 セクハラ、セクハラでやたらにニュースが流れる理由の一つは、たぶん、このまさかにあるだろう。「まさか」の意外性がテレビの視聴率を上げ、週刊誌の売れ行きを伸ばすわけだから。

 では、セクハラのニュースに「意外性」が生まれるのはなぜか。

 簡単に言えば、《あり得ないと思っていたことが実際に起こった》という驚きがあるからだ。そして、それは《あり得ない》と思ってきたこれまでの考え方が大きく揺らぐからだと気がつく。

 財務省の次官なんて偉い人がまさかそんなことを・・といくら思っても、やはりホントにやっていたと見えて、やめてしまった。市長なんてちょっと違う人が、あんな・・・、といくらいぶかっも、やはりはやめてしまった。

 結局、ああいう人は隠し方がうまいんだね、というのがオチだろう。それとも、そんなことはまるで考えていない仕組みのせいだろうか。

 そう言えば「セクハラ罪という罪はないじゃないか」という、もっと偉い人が語った話もニュースで見たな・・。

 わからないことばかりだが、一つだけはっきりしたのは「信用がなくなる」というのはまさにこういう成り行きで生まれるという点だった。聞いたこと、見たことを素直に受け取らず「ホントにそうなのか?」という疑わしさに時間をかけるという形で信用の薄らぎが進んでいく場面を、いま目撃しているのだろうか。

世の中のことはマンションでも必ず起こる。そうであれば、マンションの 生活次元の論議でも・・・

 もう30年ぐらい言い続けてきたことがある。

 生活インフラを共有するマンションでは、世の中で起こることが、すべてそのまま起こる。いいことも悪いことも、嬉しいことも悲しいことも、安心なことも怖いことも。

 選挙のたびに政治の姿に向ける信頼性がますます薄くなってきた、この感想はマンション管理の実情にも決して無縁ではあるまい。

 マンションの コミュニケーションがどうだとかいう議論も、こうした信頼度の薄らぎ方が必ず影響するはずではないか。
                   ☆
 ここまで考えてきた日に、日経朝刊の経済教室で《タワーマンションの未来》というテーマが始まったのを知った。

 今日は、まず平山洋介さんの見解をじっくり読んだ。いくつもの感想があるが、それは、このテーマの見解をあと2回分を読んだ上で、次回のブログに書きたい。

| muraitadao | コラム | 21:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
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