村井忠夫のマンション管理ブログ

村井忠夫のマンション管理ブログ
【43年の実感で「マンションの管理」を考える5】大規模修繕工事で知った法律の想定を超える管理組合組織の人間的側面

自分のマンションの過去を覚えている人がどこにもいない!誰も気づいていないマンション管理最大の盲点「組織レベルの記憶喪失」

 人生のちょうど半分を過ごしてきたマンションの43年を書きながら、どうにかここまでたどり着いた。

 実は、正直に言うと想像以上に厄介だった。

 なぜか。記憶を確かめようとするたびに、自分の記憶の曖昧さに気づかざるを得ないことが多かったからだ。書くことには正確を期したいから、間違いないことだけを書きたい。しかし、ほんとにそうだったかなぁ・・という感じがあると、気になる。

 で、その都度、保存しておいた管理組合の広報誌を開いて読み直す。読むたびに、自分ではただ一途に頑張ってきたつもりだが、それでもやはり仕事の合間を縫いながらだったあの頃に気づかないままだったことがいかに多かったか。あの当時、こんなに多くの人が時間とエネルギーを注いでいたのに・・・。

 慙愧の思いがする。
                                           ☆
 でも、ここに気がついたのは、やはり広報誌をみんなで延々と作ってきたからこそだと思う。あの頃、法律にも管理規約にも出てこないのにそんな余計なことをやって、いったい何の役に立つんだという理詰めの意見を気にしながら作られてきた広報誌があったから、今これだけのことが確かめられたのだとつくづく思う。

法律や管理規約になくても必要なら具体化するのが一番。それを教えてくれたのは自分のマンションの実情だけだった

 何か残しておかないと、時間がたてば必ず何もわからなくなる。人の記憶は決して頼りにならない。誰しも忘れっぽいのだから。

 この直感は、当たっていた。それどころか、今や確信に近い。

 いくらマンションが長寿命だなど言ってもそれはコンクリート造建物だけの話であって、住んでいる人間の話になるとまったく違う。誰でも、過去のことなどすぐ忘れてしまう。管理組合だって、実はそんな人間の組織ではないか。

 管理組合が区分所有者の団体という考え方も、《忘れっぽい区分所有者の団体》だということになることにきちんと気がつかなければ・・・。

 管理組合組織には、実は、記憶喪失という無視できない傾向があるのは、れっきとした事実なのだから。

マンションは感覚も生き方も人間の数だけ異なる世界。その実態は権利概念が中心になる「区分所有者」の5字からはほとんど読み取れない!

 33年前、大規模修繕工事を具体的に考えようとすると、最初のハードルは「なぜこんなことが必要なのか」を途方もなく大勢の人にわかってもらうことだった。

 マンションに関係する区分所有法という法律があって、年ごとに増え始めたマンションの実情に対応するための最初の改正からちょうど1年余りが過ぎた頃だった。

 その法律によれば、大規模修繕工事も総会で決めなければならないんだそうだ、総会なんて開いたことがないし、いったいどうしよう・・・。

 竣工後10年を過ぎたマンションにはずっと後になって政府高官になるような人も住んでいたが、だからと言ってそれが何か役に立つわけでもない。通常総会さえ開いたことがない4棟600戸の管理組合にとって、総会決議は未経験の難題だった。

 総会を開いて賛成してもらわなければならないなら、まず「どうして大規模修繕工事が必要なのか」を納得してもらわなければならない。そのためにはまず「大規模修繕工事が必要な理由」を知らせなければならない。それを知らせるためには、いったいどんな方法で、何を、いつ知らせるか・・・。

 竣工後43年たって第3回目の大規模修繕工事が終わりに近づきつつある今も、この点は当時とまったく変わらない課題になっている。

 まして、まだ経験の蓄積もない管理組合にとって、これは重荷だった。600戸に住んでいるのはクブンショユウシャ(区分所有者)という聞いたこともない難しい名前ではなくて、名前と顔の両方か、あるいはそのどちらかが思い浮かぶ人たちだというのが管理組合の感覚だったから。

 もしかすると市役所よりも大きな建物に住んでいる大勢の人に、まず「知らせる」ことが先決だった。

 「知らせる」ことが《広報》を指すことなど、当時は考えもしなかったが・・・。

“賛成してもらう”には“わかってもらう”ことが必要、そのためには“知らせる”ことが必要。こんな当たり前のことを見落とすと本質が見えなくなる

 で、まず考えたのは当時から発行していた掲示板だった。しかし掲示板よりも広報誌の方がはるかによさそうだ・・。

 今は読む人が半分以下になってしまった新聞もこの頃はまだ健在だったから、この紙メディアは疑いもなく頼りになった。

 だから、この時代の広報誌を読み返すと考えに考えた書き方で大規模修繕工事が必要な理由をわかってもらおうとする記事の多さに気がつく。書く方は“知らせたい”と思い、読む方は聞きなれない呼びかけを“納得したい”と思う状況での情報発信だった。素朴といえば、この上なく我流で素朴だったが・・・。

 でも、仕方がなかった。どこからも、頼りになる情報が得られなかったからだ。そうなれば、自分の知恵しか当てにできるものがない・・・。

 結果的にこの考え方は的外れではなかったが、ロスも多かった。

 でも頑張っているうちに、いつかは公的なレベルでこの状態に気づいてくれるだろうと待ち続けた。

 しかし、どうやら期待はずれだったらしい。マンション管理の仕組みを考える立場の人たちがマンション管理現場の実情を知ってくれてさえいれば・・と思っていたが、その当ては外れた。

 この失望は、率直に言って、大規模修繕工事の広報だけに限らなかった。管理組合という組織の現実に対応できないもどかしさは、この頃から増える一方だった。

 それは究極的には「管理組合とはいったい何か」の本質と「マンションとは何か」という実情をことあるごとに問い直し考え直す日々の連続になっていった。

 600戸に1000人を大きく超える人が生活条件を共有しながら住む世界の居住性確保が生易しくないことを、ことあるごとに思い知らされる日々の始まりだった。

 43年たった今もなお答が見つかっていない課題の重さを考え続ける日々が、この当時に始まったと今、改めて思う。

| muraitadao | コラム | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
【43年の実感で「マンションの管理」を考える4】大規模修繕工事に直面してわかったマンションンの本質と管理手法の真実

「マンション住まいのマンション知らず」。一戸建て感覚で集合住宅に暮らす居住感覚がもたらすギャップに大抵の人は気づかない

 年月がたてば、すべてが古くなる。マンションも例外ではない。竣工後の経過年数分だけ建物も住む人間も確実に古くなる。

 だが、ほとんどの人は、それに気づかない。

 このことを否応なしに気づかせたのが、マンションの大規模修繕工事だった。

 このブログを書いている今は3回目の大規模修繕工事が終わる時期だが、自分の住むマンションで関わってきた3回の大規模修繕工事で、この実感は43年前も今も全く変わらない。

 時間が過ぎればどんなモノも古くなることぐらい、みんな知っている。しかし、それは、あくまでも《自分にわかること》の範囲内にとどまる話だ。どれほど自分に関係していても《自分にわからないこと》は、古くなっていることに気づかない。

ある年齢になって自覚する高齢者の健康状況を考えれば、痛切にわかるはずだ。

 普段は気づきもしないが、われわれは《自分にわかること》よりも《自分にわからないこと》の方がはるかに多い状況で生きているのではないか。

 マンションに住んでいると、つい忘れてしまっていることに有無を言わせぬ形で気づかせられることが多い。突然、何かが起こると、自分がどれほど知らないこと尽くめの空間で暮らしているかを、あらためて思い知らされる。

 何かが起こって「突然」と思うのは「知らなかった」だけのことで、実は、見えないところでは異変の因果関係が確実に進んでいたことにあとから気がつく。

 マンションという建物は大きくてわかりにくいための、そうした異変の因果関係が目に見えない。しかし、目に入らなくても、自分の生活空間で起こる大半のことはマンションという巨大で複雑な建物の一角で起こった現象なのだ。

 ここに気づくと、マンションを「わかっている」つもりでもそれは何百戸とか何十戸もある大きな建物の一住戸内で気がついただけの《ちっぽけな限られたほんの一部分のこと》に過ぎないことに気がつく。玄関ドアを開けた外側には「わかっていない」部分や「見たこともない」が膨大な規模の広がりなのだ。

 大きくて複雑なマンションに住んでいながら、居住感覚は一戸建て住宅のレベルで何百分の一にとどまるというギャップが生まれるのだ。

 だが、このギャップに大半の人は気づいていない。

 こうして大半のマンションで「マンション住まいのマンション知らず」が生まれることになる。

組織レベルで「理解して物事を決める」難しさが大規模修繕工事最大のハードルだった

 言葉で書けば《これだけのこと》だが、マンションの管理ではこれが絶対に無視できないハードルになる。自分が知っているのは大きくて複雑なマンションのごく一部分のことであって、実は、知らないことの方がはるかに多いことに大抵の人はまったく気づかない。そんな状態で声高に自分の住戸だけを前提とした意見に管理組合の理事会が頭を抱えるケースがどれほど多いことか・・・。

 大規模修繕工事が実行の課題となった時期の管理組合は、まさにそんな状況だった。総会開催さえもいい加減だったのだから、管理組合にとって、この課題が厄介な重みを持っていたのいは言うまでもない。

 だから、よくわからないままではあっても、10年以上が過ぎて汚れや傷みが気になり始めたマンション全体の修繕工事を管理組合が実行することに対して、認識不足にまったく気づかない状態の反応が表れてきた。

 誰も知らないような個所に多額の金を注ぎ込んで修繕工事をする?

 とてもじゃない感じの、そんな多額のお金をいったいどうやって用意するんだ?

 いつも通りに暮らしている生活空間で、そんな騒々しい工事がなぜ必要になる?
 ・・・
 大部分の意見は「そんな厄介な修繕工事をしなくても別にウチは困らない」とか「そんな修繕工事をやらなくたって今日明日すぐ困るわけでもあるまい」という類のものだった。結局、マンション全体には思い及ばず自分の住戸のことだけしか考えていない意見ばかりだったことになる。

 でも、そんな考え方の持ち主にも賛成してもらわなければ大規模修繕工事など実現できない。しかし「賛成してもらう」ためには「わかってもらう」ことが大前提になる。「わかってもらう」ためには「知らせる」ことが絶対に欠かせない。

 《知らない➡わからない➡賛成しない》という負のサイクルを断ち切ることが、目前の課題となった。

 名ばかりの存在だった管理組合に、この課題は途方もない難しさをもたらした。どこにもお手本やモデルはないのに、「やらなければならないこと」だけは明確に法律が決めている。しかし、「やらなければならない」ことをやるために必要な具体的な方法には全く知る術がなかった。

 一戸建ての居住感覚で集合住宅全体には思い及ばない「マンション住まいのマンション知らず」に取り組む方法は、どこの誰も教えてはくれなかった。

 一つだけ、はっきりわかっていたことがある。

 それは、大規模修繕工事をきちんと実行するためには、すべての手順とその考え方を法律が示す管理組合という組織レベルで進めていくしかないということだった。 

「管理組合」という組織は「四つの漢字で説明できる理詰めの組織」ではなく4棟600戸の人間世界そのものだという実感は43年過ぎた今も続く

 ここから先は、すべてが現実論になる。

 11階建て4棟600戸の大規模マンションに住む「マンション住まいのマンション知らず」を相手に、法律の考え方を実行するためには徹底して自分たちのマンションの実情を見て判断したことを説得するしかなかったからだ。

 例えば、総会決議。総会というからには管理組合のメンバーである600人を超える区分所有者が集まらなければならない。マンションには集会室があるが、どんなに詰め込んでも60人しか入らない。600人収容可能なスペースなどマンションにはない・・・。

 ただマンションにはある棟の1階に幼稚園があって、そのホールに100人以上の収容能力があった。このホールが実際には管理組合にとって利用可能な集会スペースとなったので、大規模修繕工事の総会もここで開くことになった。全部はとても入りきれないが・・・。

 が、そのうち委任状という便法があることに気がついた。この手を使えば、全員が集まれる場所がなくても建前はちゃんと守れる、と。

 大規模修繕工事を提案して決める総会の開催計画づくりは、建前と実態の辻褄合わせの始まりでもあった。

| muraitadao | コラム | 09:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
【43年の実感で「マンションの管理」を考える 3】マンション管理を巡る都市伝説を真に受けていたあの頃はまだよかったな・・

もう新しさはないが それほど古びてもいない・・差し迫った問題もない状態で竣工後10年目になった

 マンションと駅の間は、不動産広告ルールの表現で言えば、徒歩16分。今では小田急線と京王線の駅との間のバスが何本もあるが、竣工後20年ぐらいは駅まで徒歩だった。季節の移り変わりを見ながら朝夕に駅まで歩きながら親しい人とかわす会話は、いま思えば、けっこう手ごろなコミュニケーションのチャンスだった気がする。

 そんな状態での話題の一つが、マンション入居同期生として迎える竣工後10年目の感想だった。

 そんな話の中に、誰が、どこで聞きこんできたのかわからない説ながら、《どんなマンションでも竣工後10年で外壁塗装工事をしなければならないらしい・・》というのがあった。

 竣工後10年目。確かに、節目だし、言われてみれば、そうかもしれない。それなりに色も褪せてきているし、薄い汚れも目につくし・・。

 でも、外壁塗装の重要度はわかるが、いったい誰が、それをやるんだろうね・・、お金だってかなりかかりそうだし・・・。管理組合なんて名前だけだし・・・。自分がその話に関わるなどという実感はほとんどなくて、どことなく他人事めいた感じが、そんな会話にはいつもただよっていた。

 この頃に聞いた説は、《竣工後10年目は外壁塗装工事の実行時期だが、その費用の財源となる修繕積立金は月間管理費の一割が目安である》というものだった。

 そうかもしれないなと、思った。でも、なぜ、こういう考え方になるのかはわからなかった。今は、根拠も怪しいこんな説は都市伝説の一つだと思っているが・・。

 でも、この当時は、けっこうこの都市伝説が気になり、とても無視できなかった。

 もしこの説が本当ならば月間管理費が修繕積立金の10倍なければならないが、ウチの管理費はとてもそんな金額ではない。そもそも修繕積立金の残高が今いったいどれだけあるのかさえ誰も知らなかったし。

 何よりも、まず11階建て4棟600戸の外壁塗装工事の費用がいったいどのくらいになるのかという最も肝心な所要金額すら、はっきりしなかった。・・・

手探りで回り道をしながら進むうちに見え始めた「大規模修繕工事」という言葉、「専門委員会」という方法 

 わからないことがあれば、誰かに聞くしかない。しかし、聞く相手がどこにも見つからない。当時は「マンション管理センター」などなかったし、区分所有法の改正がこれからという時期で、どこにもマンションの外壁工事のことがわかる人などいなかった。

 こうなれば、大したこともないのを承知の上で自分たちの知恵を絞るしかない。

 で、駅までの行き帰りに意見を交わした数人が集まった。

 大手の企業で課題の解決に取り組むプロジェクトチームの経験を持っていた人にはずいぶん助けられた。休暇を取り、すでに外壁塗装工事をすませた埼玉県の管理組合を訪ねて、その経験を聞いたりした。

 総勢で10人にも及ばなかったが、話が通じ合うメンバーで少しずつ話が固まって いった。こういうスケールで進める工事が「大規模修繕工事」と呼ばれていることも、あとで知った。実質的な組織運営がどうであれ、こういう大規模修繕工事はすべて組織レベルで進めることが絶対条件であることも、否応なしに気づかされた。

 そうなれば、マンションの600戸がすべて当事者になる。何であれ、まず600戸に理解してもらい、600戸に賛成してもらわなければ、何一つ進まない。

 でも、お手本は何もない。暗闇を手探りで歩く心境だった。大げさに言うつもりはないが、肚をくくる心境になった。気がついた人間には、それなりの責任もあるはずだと一途に思った。

 こうして、最初に外壁塗装工事のことを語りあった40歳代前半の10人に及ばぬメンバーがチームになった。このチームを「専門委員会」と呼ぶらしいことも、しばらく後で知った。

思い知らされたのは工事会社選定や資金調達を組織レベルで《決める重さ》。言葉だけの制度や仕組みの限界も・・・

 「専門委員会」とは言っても、専門家がいるわけではなかった。《何かの片手間に手がける》のではなく《かかりきる》という意味で「専門」という言葉を誰かが使っていたのが、このチーム名の始まりだったと思う。

 この頃、住んでいるマンションには実質的に動く管理組合の存在感は全くなかった。仮に、管理組合が組織として動いていても、実際は毎年交代する役員が中心だから、長い日数がかかる仕事への取組みは管理組合にとって容易ではない。

 少しずつ聞こえてくるよそのマンションの実例からも、そんなことがうかがえた。

 やらなければならない問題に気づいている人間が、まだ気づいていない人に問題を知らせることからすべてのことが始まる。

 こうした経験の重なりから、マンションの問題はつねに《知らせること》で始まり《理解すること》へ進み、《物事を決めること》で解決する道筋を組織レベルで追っていくことだけしかないという確信が自然に生まれてきた。

 手がかりほしさの一心で参考書や文献を探したのは当然だが、滅多にこれはというものはなかった。やっと見つけても、役に立つものがなかった。

 どれも、総論で物事の「決め方」だけが中心となる手順手続きの法律論ばかりだったからだ。こちらがほしかったのは「知らない人に理解して必要なことを決める」こと、つまり「決める前のこと」だったのだが、そんなものはまったくなかった。

 竣工して住み始めた後のマンションで何が起こり、どうしたらいいかを知るための情報が皆無であることを、こうして嫌というほど思い知らされた。
 

| muraitadao | コラム | 05:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
【43年の実感で「マンションの管理」を考える2】マンションが新しかった時期は管理組合の存在感ゼロでも気にならなかったなぁ・・

43年のマンション住まいの初期に管理組合はまだ生まれていなかった

 43年過ごしてきたマンションの日々は、管理組合の歴史よりも2〜3年長い。はっきり言えば、マンションで暮らすようになった最初の2年間は、管理組合がまだなかったからだ。

 マンションの人の大半は、管理組合という言葉など聞いたことがなかった。しかし、全戸入居のあとに生まれた住民の会がやがて自治会となり、さらに管理組合となった。名前が変わっても顔ぶれは同じだったが、きわめて自然な感じだったと思う。

 でも、そうは言っても組織の実感など、まるでなかった。理事会とか総会もなかったし、管理組合が自治会といったい、どこが、どう違うのかと聞かれてもピンと来ない時代だった。

 そんな状態でもよかったのは、格別の問題が何もなかったからかもしれない。この実感を思い起こすと、マンションがまだ新しい間は《管理組合なんかなくても別にそれほど困らない》というのが普通の感覚だったような気がする。

 今にして思えばずいぶん能天気な感覚だったと思うが、実際、新しいマンションではどこもみんな同じように能天気だったに違いない。社会全体も似たような能天気ぶりだった。何しろマンションという言葉だって通じにくさがあったし、関連する仕組みも改正前の区分所有法があるだけで、ほかにはもう本当に何もない時代だった。

 だから、法律論の《区分所有者のいるマンションでは管理組合が必ずあると見なされる》などというお説を聞くと、今でもある種の空々しさと苛立たしさを感じる。いくら《見なされる》などと理屈を並べても、現実の組織は生身の人間集団なのだから、顔をみて名前がわかる人たちのイメージが浮かんでこなければ、結局その組織は《ない》のと同じだと思うから。

 そういう意味で、マンションが新しい間は管理組合が《ない》状態であっても困らないという実感があったのは確かである。

管理組合の存在感がなかった時代は管理会社もさぞかし楽だったろうな

 この時期の記憶を思い浮かべると、名ばかりの管理組合より管理会社の方が鮮明でだ。ほぼ真中の棟の1階に管理事務所があって、そこが全600戸のマンションのあれこれの窓口になっていた。

 創業5年目だった管理会社は分譲したデベロッパー系不動産会社の子会社。その親会社は中堅のローカルゼネコンだった。

 管理事務所には老眼鏡の親会社OBがときどき顔を見せたが、いつも現場にいる初老の「管理人」の方が当てになるという評判だった。

 600戸の中にはいろんな人がいた。偉い人も偉くない人も、有名な人も有名でない人も。

 でも、意見が揃わなくて苦労するような問題はなかったし、入居するとすぐ友だちになった子供同士に引きずられて親同士が家族で付き合うような間柄があちこちで生まれた。玄関やエレベーターで毎日人に会うのが、とても楽しかった。

 そんな時代だったから、管理会社はさぞ気楽だったろう。

 600戸もあれば毎日マンションのどこかで何かがあるが、お互い同士で大抵のことは何とかなった。管理組合や管理事務所が直接言いにくいことのガス抜き機能を務めることもなかった。

 マンションが新しい間はマスコミがそれらしくマンションの解説や論評を流すことも皆無に近かったから、大抵の人は《マンションとは、こういうものだ》という奇妙に予定調和的な落ち着きがあって格別のトラブルも少なかった。

 いま思えば、実は知るべきことを知らなかっただけのことなのだが。

 要するに、みんな鷹揚だったのだ。

やがて鷹揚さの限界が見え始めたころ管理会社が何かにつけて気になってきた

 だが、そういう鷹揚な空気が微妙に変わり始めると、何かにつけて管理会社の存在が気になるような日々が始まった。居住者の目前にいる管理会社は実は現実的な対応が苦手で、話がこじれてくると、最後はいつも分譲した不動産会社が出てくる場面が何度もあるようになった。

 そんな状態だったが、まだ、管理組合は総会を開くこともなく、組織活動の実感は皆無に近かった。これでいいのかな・・という感じはあったが、600戸から毎月管理費を集めて、それを会計処理して・・といった実務を考えると、途端に、もう何も言えなくなってしまう。

 何しろ、電卓を秋葉原まで出かけて1万8000円で買ってきた時代だった。コンピュータはまだ大型しかなくて・・・。

 そんな時代だったから、大規模マンションの実務は管理会社を頼るしかなかったのだ。大戸数の区分所有者から多額のお金を収める管理組合は、その実務を引き受ける管理会社だけが唯一の頼りだった。

 そんな管理組合のマンションにも年月が過ぎて竣工後10年目が近くなってきた。

| muraitadao | コラム | 14:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
【43年の実感で「マンションの管理」を考える1】マンションが語る建物と住む人の姿に浮かび上がる歳月の実情

今回からブログはトーンを実感本位に切り替えて書きます

 ずっと昔、住宅評論家というクレジットでいろいろな原稿を書いていた。当時全盛を極めたリクルートの「週刊住宅情報」にも。

 ある時、中古マンションの選び方を書いた原稿の冒頭に《どんなマンションも買って住むようになったその日から、一日ごとに間違いなく中古マンションとなる日が始まります》と書いたら、たちまち編集担当の人からすぐ《こんな夢の壊れる書き方では困ります》というクレームが入った。

 昔の新築は、今の中古。昔の妙齢の美人も、必ず老婆になるのと同じ。

 自分自身もマンションに住み続けて確かめてきたこの実感は、このクレームを受けた時から今もまったく変わらない。

 43年の居住年数はこのブログを書き続けてきた11年間とも重なる。

 長寿命のマンションが住宅として長い年月を過ごすと、どうなるか。

 きわめて根源的だが、実は、ほとんど確かめた人がいない。ブログを書き続けてきた11年は、それを確かめながら書く歳月でもあった。

 そのブログは12年目に入るが、書きたいことがまだまだ山ほどある。

 そこで、今回から、こうした実感をもっと正直に打ち出しながら書いていきたい。

 ブログを書くことには、マンションの経年変化の本当の姿を、少しでもありのままに多くの人に伝えられるメモを書き綴る意味があると思うからだ。

43年・・・。わが人生の半分をこのマンションで過ごしてきた

 1974年(昭和49年)4月に竣工した時から住み続けてきたマンションで43年余りが過ぎた。数日前の10月1日で86歳の誕生日を迎えたから、人生のちょうど半分をこのマンションで過ごしてきたことになる。

 新宿から急行なら30分弱で着く都内最小の市。小田急線の駅から15分以上歩かなければならない程度に離れていたから電車の音は遠かったし、まだ畑があちこちに多くて、11階のベランダから丹沢の山並みと富士山が見えた。

 43年住み続けてきた理由の一つは、たぶんこの眺めだろう。4DKのスペースは不十分だったが、何より立地に満足感があった。

“一億総中流時代”の建物が総中流時代でなくなった今も建ち続ける複雑さ 

 しかし、満足しない人の方が多かったようだ。住み続けているうちに知っている顔ぶれがどんどん減って、名前と顔が一致しない人の数が増える一方だった。

 何しろ、入居当初はみんな誰もが似たようなものだった。どの住戸も家族4人ぐらいで40歳代のサラリーマン。東京オリンピックから10年しかたっていなかった蛙の時代のマンションはファミリータイプばかり。

 何度もマンションブームがあったが、売り出し物件の大半はいつもファミリータイプ。売る方にも、同じような間取りと広さだけで特色を出せばよかった。

 《一億総中流》がそのまま絵になったのが、この時期のマンションだった。

 だが、長寿命のマンションが40年以上過ぎると、この状況が変わってくる。

 年数がたって建物自体は竣工時の様子が古びたまま同じ場所に建ち続けるが、人間の方はほとんど入れ替わってしまう。何年たっても住み手が変わらないままというマンションはめったにない。

 43年が過ぎたマンションに住む人の顔ぶれは変わっていく一方で、表札やネームプレートもない住戸が増えていく。そうなるといつも出会う人が「住んでいる人なのか、よその人なのか」の見分けもつかなくなる。

 エレベーターに乗ると、11階から1階に付くまで40秒かかる。誰かと乗り合わせた時この狭い空間で押し黙ったままの気づまりな感じが嫌で、できる限り声をかけるようにしている。反応は様々だが、何人かは何か応答してくれるから、その後も出会った時に声をかける機会が生まれる。

 そんな形でのマンション住まいだから、マンションでのコミュニティ論議も理屈倒れな話であれば、その中身も語る人もすぐ見極めがつく。

 すべて、一億総中流時代にできた当時のままのマンションが、一億総中流ではなくなった時代に建ち続けているからこその実感だと思う。

40年以上過ぎたいま中古マンションの買い手が今も相変わらず

 竣工したころ何もなかった周辺に、この10年足らずでマンションが激増した。この人口減少時代に、市の人口が増え始めたほどである。

 こちらは市内最古のマンションだが、売れ行きに苦労する新築マンションが1年以上チラシをまく中で、連日のように不動産会社の売却勧誘の呼びかけが続く。

 たまさかの成約事例を見ると、間違いなく43年前にここを買った時の価格の何倍かにはなっているようだ。

 そんなことになる理由は、例の「マンションは管理を買え」というご託宣のおかげか。

 でも、あれは、まぎれもない大ウソだ。マンションの「管理」がわかっていない人がありがたそうに唱える嘘っパチである。

 住み続けてきた43年は、こんな言い方の嘘を確かめる年月でもあった。
 

| muraitadao | コラム | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
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