村井忠夫のマンション管理ブログ

村井忠夫のマンション管理ブログ
買い手がつかないマンションの管理組合はこれからどんな経過をたどるのか:管理組合の基本的な姿は竣工時に決まってしまうのだから
1年たってまだ1割が売れ残っているマンションは・・・

 今日も、また新築マンションのチラシが舞い込んだ。物件の名前には、記憶がある。そう思って、パソコンに入力している新築マンションのデータを調べてみた。毎週、金曜日と土曜日に新築マンションのチラシが新聞といっしょに届くので、数年来そのチラシの物件概要をパソコンに記録している。最初は大変だったが、この作業のおかげでいろんなことがわかるようになってきた。

 で、今日の場合だが、こうなっている。あまり具体的に書くわけに行かないから少しぼかして書くが、新宿から急行電車で30分ぐらいの郊外駅からすぐ近くの物件。このマンションのチラシを最初に見たのは、昨年10月の半ばだった。7階建て100戸。売主は知っている人は知っている中堅デイベロッパー。最初のチラシ配布の時期にはまだ未完成だった。その後、しばらくこの物件のチラシを見なかったが、今日久しぶりに見たチラシには販売戸数15戸とある。1年以上の月日が過ぎたのに、1割強の住戸がまだ売れ残っていることになる。

 実は、この程度のケースは、まだほかにもある。もう一つあげよう。こちらは同じ地域の、同じような知名度のデイベロッパーの物件だが、戸数はぐっと多くてほぼ600戸。竣工は一昨年8月。だからもう2年たっていることになるが、今日のチラシでは販売戸数15戸とある。

売れ残りのあるマンションの管理組合はどういうスタートを切ったのだろうか

 こういう売れ残りのあるマンションの管理組合は、いったい、どういう状態になっているのだろうか。分譲マンションだから必ず管理組合があるはずだが、その管理組合を機能させる仕組みは全戸の区分所有者がそろった状態が前提となっている。

 だから、売れ残りがあるマンションでは、本来の管理組合が始動できる状態がまだ実現していないことになる。

 最も気になるのは、管理組合を運営する組織条件はかなりのことが竣工当初の時期に決まる点だ。基本的なルールとなる管理規約の原案は実質上マンションの販売会社が作るのだし、委託先の管理会社も販売会社によって決められている。肝心要の管理組合組織の原形も事実上は販売会社の手で用意されていることが多いし、会計年度もそうだ。長期修繕計画もそうだし・・・。

 何となく気になるが、これは、ほかに方法がないのだから仕方がない。そもそも管理組合がいかに大事だと力説してみたところで、実際には、そのマンションに縁あっていっしょに住み始めるようになったばかりの初対面同士が管理組合のメンバーなのだ。昨日まではまったく別々に暮らしていて顔を見たこともなければ名前を聞いたこともなかった間柄である。それほど接点がなかった人間同士が、法律の想定する管理組合活動をすぐ始められるわけがない。だからこそ、竣工当初の段階で、販売会社のお膳立てが形だけでもできていなければ、ほとんど動きが取れなくなる。

売主が管理組合のメンバーのままでは本来の運営ができない

 売り手が用意したお膳立てに乗る形で管理組合が動き始めるのだから、どうしてもうまくいかない点が出てくる可能性があるのは否定できない。管理規約も改正した方がいい場合がある。管理組合組織の形もそうだし、長期修繕計画もそうだし・・・。
 
 というわけで、大抵のマンションでは全戸が揃って管理組合が始動して数年たつと軌道修正の動きが始まる。こういう経過で、管理組合という組織のイメージが少しずつ整っていくことになる。

 売れ残りがあって全戸完売に至っていないマンションでは、当然そのスタートが遅れることになる。遅れている間にもいろいろな問題が起こらないとはいえない。月日がたてば、建物の劣化も進むだろう。

 管理組合スタートを待たないまま、問題が次々に起こらないとはいえない。この中途半端な状態の管理組合の実情は、いったい、どうなっているのだろうか。前記の例の場合なら、その中途半端状態がもう1年以上続いていることになる。

 でも、こういう状態の管理組合のことを考えた主張に今まであったことがない、議論が行われたと聞いたためしもない。いいのだろうか、これで。問題はないのだろうか、これで。
| 村井忠夫 | コラム | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
初めての「模擬理事会」を見てあらためて考えた:理屈どおりのプロセスを望ましい形で展開する難しさ
始めて見た「模擬理事会」。管理組合団体が主催者だったからこそ実現したのではないか

mogirijikai 法科系の大学や弁護士会で、ときどき模擬裁判というのを開くことがあるらしい。模擬裁判があるのなら、模擬理事会があってもおかしくない。マンション管理組合の理事会は法律に重点をおきながら開かれることも多いのだから・・・。昔から、いつもそう思ってきた。区分所有法ではどうで、民法ではどうなって、といった考え方を展開している法律の専門家やマンション管理士などが、それぞれの考えで模擬理事会を開いてくれたらいいのに・・、といつも思ってきた。しかし、何年待ってもその機会はないままだった。模擬理事会開催のニュースは、いまだについぞ聞いたことがない。

 ところが、その模擬理事会が、この10月下旬、東京・板橋で実現した。主催者は、東京マンションフォーラムと「いたかんネット」。管理組合団体の二つの組織の共催。実現しそうで実現しなかった模擬理事会が開かれたのは、主催者が管理組合団体だったからに違いないことを、あらためて痛感する。

リアリテイと説得力が満たされてこそステージ上の「いま何が問題なのか」が鮮明になる・・・

 会場となった板橋グリーンホールのステージに机を並べて10名近いメンバーの模擬理事会が取り組んだのは、「管理費削減」。きわめてリアルなテーマだから、会場の参加者に配られた資料も会計収支報告や予算案、修繕計画など、かなり現実味の濃いものだった。だから、ステージの上で語られた言葉も配られた資料に出てくる数字も、ともにきわめて実感に満ちていたのはいうまでもない。

 ついでにいうと、この企画は半年近く前から何回もの入念な話し合いを重ねがら実現したと聞く。プログラム時間の制約の中で、実際には必ずしも予定通りに議論が進まない可能性のある点をどうバランスさせるかが大変だったと思う。実際の理事会が2時間足らずでスイスイ運ぶことなど、めったにない。だからこそ、どこの管理組合でも理事会は難しくて苦労するのだが、参加者にそういった現実的な疑問を持たせずに、しかも説得力を盛り込める工夫が必要だったはずだ。その工夫の成否が、模擬理事会を開くに足る内容のあるものにするかどうかの鍵だったと思う。

結論をいえば、今度の模擬理事会の試みは、その点で成功したといえそうだ。少なくとも、ステージ上で何人もの人によって話し合われる言葉と会場で配られた予算資料などの数字が相乗効果を生んで、「いま議論されているのはいったい何なのか」という肝心の点が間違いなく鮮明に浮かび上がってきたからだ。

模擬理事会と模擬裁判はここが違う:結論が出るまでのいきさつにこそ現実の問題がある

 模擬理事会と語感の似たものが模擬裁判だ。しかし、模擬裁判は法律という確立された基準に沿って進められるし、登場人物の役割も似たイメージで統一されている。法律的な視点での考え方や判断の当否が最大の目的だろう。

 模擬理事会は、そこが違う。マンションが舞台だから、取り上げられるケースもまた個別になる。ケースを議論するための基準があっても、それはあくまでも総論的なものに過ぎない。例えば、管理費はどういう性質のお金なのか観念的な説明はできても、金額はいくらなら妥当かといった具体的なことになると、判断基準があるのかないのかわからない感じになる。登場人物も、認識や意欲がバラバラだし人間関係もあいまい。気を遣って角の立たない言葉を選びながら一つの課題を話し合っていくことが、どれほど難しいか。理事会の難しさは、こうした意味で、結論を出すまでのいきさつ自体にあるといってもいい。

 一つの課題を語り合って結論を出すまでの経過、プロセスこそが急所なのだ。法律などの視点は意思決定のための段取りを手続きの形で示してくれるだけだから、手続き以前の人間くさい部分のごたごたが見えない。実際の問題はわかりのいい人と悪い人とが隣り合って並ぶ場での現実的な空気を読みながら議論を進めないと、答が見つからない。いまどきのはやり言葉でいえば、まさにKYが理事会の鍵になる!

 模擬理事会という手法には、こうしたKY的な場面で物事を決めるときのプロセスでの手法展開を示す実務情報となる可能性があるかもしれない。うまく活用すれば、今までにない情報発信効果が得られるのではないか。

模擬理事会と模擬裁判は

 課題が同じなら答も同じだが、その答が同じプロセスで見つけられるとは限らない。同じ答を見つけるための過程は、その課題が起こった場所や関係者の個別の条件で違う。マンション管理組合の場合は、とりわけこの問題に気づかないと有効な結論が得られない。

 となれば、同じ課題の答を見つけるまでのいきさつは、マンションごとの個別条件次第で決まるはずではないか。同じマンションであっても、時期によって違うはずではないか。模擬理事会という手法は、そうしたプロセスの違いを浮かび上がらせることによって問題発見の方向を教えてくれそうな気がする。

 ただし、その個別の差がある中から効果のある共通情報をどこまで搾り出せるかどうかは、まだよくわからない。それを確かめられるまでには、まだまだ何回もの模擬理事会が開かれなければなるまいが・・・。
| 村井忠夫 | コラム | 08:46 | comments(1) | trackbacks(0) |
デイベロッパー倒産のニュースで思い出したこと:売り手が考えたコンセプトを買い手はどこまで実現できるのか
アーバンコーポ倒産と聞いて思い出した新聞記事・・・

 さんざん世界中を騒がせているリーマン・ブラザーズのニュースが流れたのは9月15日。そのほぼ1か月前の8月14日に聞いたのが、アーバンコーポレイション倒産。ニュースを聞いたとき、この会社の建てた超高層マンションのことを思い出して、竣工当時の新聞記事を出してみた。2003年8月29日付日本経済新聞朝刊一面の連載企画記事『働くということ』第4部の冒頭には、こう書かれている。

 ──広島市中区。四十三階建て高層マンションが年末に完成する。下層階は千数百万円のワンルーム。最上階は三億七千万円。最大で二十二倍の価格差がある。分譲するアーバンコーポレイション社長の房園博行が演出するのは「脱・3LDK志向」。・・「お仕着せの住宅に飽き足らない世帯」に照準を合わせる。・・・「脱・一律中流」の房園マンションは「三百戸弱の九六%が成約済みだ。・・・」

 このマンションは、2004年(平成16年)3月12日に竣工したそうだから、もう4年が過ぎたことになる。倒産のニュースを聞いてから2か月以上が過ぎたが、この新聞記事の記憶が今も何かにつけて浮かんでくる。

「脱・一律中流」は今も健在だろうか

 あらためて思った。5年以上前に建てた人が考えた「脱・一律中流」のコンセプトは、それなりに内容のあったものだろう。300人近い買い手も反響を示したからこそ、この考え方が受け入れられたのに違いない。いろいろな感想が浮かぶが、結果をみただけで軽々しくあれこれいうのは控えたい。ただし、一つだけ曖昧にしないで考えてみたいことがある。

 それは、マンションという建物を作り出した側のコンセプトと買った方の理解の仕方が、建物寿命の長さに実際上どこまで対応できるのかという点だ。

 ここに書く例の場合、4年前に建てた人が考えていた「お仕着せの住宅への飽き足らなさ」とか「脱・一律中流」が本当に実現したかどうかを確かめることができたのは、デイベロッパーではなくて295戸を買った人たちの方だ。もし、実際に住んでみて触れ込みどおりでなかったとしても、マンションはもう売り手を離れてしまっているから問題は買い手に移ってしまっている。このケースに限らず、分譲マンションというのはもともとそういうものなのだから。

マンションに住む人が「ここも昔は時代の先端をいく物件だった」という思い出だけにすがって暮らすことがないように・・・

 こういうことを考えるのは、今あちこちで目にするようになった古いマンションのことを対照的に思い浮かべるからだ。今のお婆さんが昔の美人だったのと同じで、古くなったマンションもかつて竣工当初はその時代相を反映したピカピカの物件だったはずだ。その当時のコンセプトに期待して買った人たちが住み始めてから長い年月が過ぎた後、かつてのコンセプトが今も変わることなくずっと役に立っているか。どうかして邪魔になるようなことは、ないのか。ちょっと昔にできたファミリータイプのマンションが、いまは家族状況の変化で孤独になった老人の場となり、一人住まいには広すぎて無駄になっていることはないのか。

 そうしたことがないようにすることこそ、管理の本当の目的なのだが、それは今どこまで実現可能なのか。過去の思い出にすがる一方で現状の矛盾を我慢しながら暮らすようなことがないようにすることは、今の管理手法でどこまで対応できるのか。

 マンション五百万戸の時代だが、わかっているようでわからないままの課題は、実は、今もかなり多いように思う。
| 村井忠夫 | コラム | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
NHKテレビの面白さを見直す:マンションの社会的な意味にも目を向けてくれることをあらためて望む
民放テレビに愛想が尽きて・・・

 このごろ民放テレビが、まるで面白くない。騒がしくてわけのわからないバラエテイとか、井戸端会議スタイルの報道番組とか。ちょっと前までは、同じ民放でもBSを見て少し満足できた時期があった。何しろ、以前はこれが民放かと思うほどCMが少なかった。経営的には問題だったはずだと思うが、視聴者としてはうるさくなくて助かったし、大人の視聴者を前提にしたセンスのいい長尺番組も多かったから。

 でも、このごろは、このBSも駄目になった。何しろ通販番組ばかりが、やたらに多い。BSは番組表が放送されるから、これぞと思う番組を見つけるのも楽しみのうちだったが、それも、もう期待できなくなった。朝から夜中まで、何とかショッピングといったものばかり。電波の公共性とかいう言葉は、いったい誰がいっていたんだっけ・・・。その公共財である電波を使って、広告にほかならない通販番組をこれほど明けても暮れても垂れ流し続けて放送することに正当性があるとはどうしても思えないのだ。

NHKには通販番組がない・・。だけではなくて、腰の据わった見方を教えてくれる。改めてその実力を再認識

 当然ながら、公共放送のNHKには、通販番組がない。民放に愛想がつきてNHKを見ると、通販番組がないという当たり前の状態がいかに落ち着けるかを再認識できる。それだけではない。このところ、腰をすえた取り上げ方の番組が多くなったことに気づく。

 ハイビジョン特集や教育テレビのシリーズものに、中身の濃いものが多い。9月に見たものの中から例をあげると、ハイビジョン特集では「日本の風景を変えた男たち▽廃墟から超高層ビル 池田武邦が語る戦後」が2時間近い力作で説得力のある内容だった。超高層建築の第一人者が数々の超大規模建築物を作り続けながらも次第に疑問をもつようになり、やがて環境との調和の必然性に気づく・・・。池田さん自身の戦中戦後体験と重ねながら、何十年ものそのプロセスを追っていく。作り物ではないずしりと来る充実感が確かにあった。

 しかし、この人が建ててきた超大規模建築物は、今もそのまま、壊される日まで建ち続ける・・・。この事実は、いったいどうなるのだろう。が、番組は、その答を出さない。それだけに、重いものが残った。見た後に残るそういう問いかけも、テレビの効用だろう。

 NHKでは教育テレビの「知るを楽しむ」という毎月のシリーズが、とてもいい。9月は「この人この世界・神になった日本人」、「私のこだわり人物伝・伊丹十三 カメレオン男のトリック」、「人生の歩き方・岩沢信夫 生きものの豊かな田んぼ」などがよかった。どれも、もしもこの放送を見なかったら知らないままだっただろうと思われる視点を、いくつも教えてもらった気がする。

 NHKは、一時、相次ぐスキャンダルや何かでイメージに傷が付いただけに、こうした質のよい番組の放送を見ると、ほっとする。有料制の公共放送本来のあり方を、また取り戻してくれた気がして安心もする。かつてNHKの業務縮小論が出たときに教育テレビやラジオの第二放送などの廃止が主張されたと聞いて心配したものだが、このレベルのものをこれからも放送して実績を重ねていくのが一番いい答の出し方になる。後は、こうした良質の番組にできるだけ多くの人が関心を寄せてくれることが大事だろう。

NHKがマンションの問題を本式に取り上げてくれる日を待つ

 ・・・と、ここまで書いてくると、どうしても注文が浮かんでくる。マンションの問題に本腰を据えた取り組み方をしてほしいのだ。あえていうが、別にマンション管理という限定はしなくてもいい。マンションという昔の日本人が経験しなかった住居形態がこんなに増えてきた実情はいったい何を物語るのか。一目で全貌をつかみきれないほど巨大化した住居形態の群立は都市の現状や社会の実情にどういう影響をもたらしているか。マンションを正面から見据えた包括的な政策は成り立つのか。マンションに住む本当の感覚的自立は可能なのか。在来の専門分野の別にとらわれず住居そのものとしてのマンションをとらえる研究はいったい誰が取り組んでいるのか。考えだしたら、もう次から次へ浮かんできてきりがない。

 昔から、それを望み続けてきたが、時期尚早とか何とか言われて実現しなかった。しかし、マンションは500万戸を、もう超えている。そろそろ実現してもいいころだろう。
| 村井忠夫 | コラム | 08:30 | comments(4) | trackbacks(0) |
聞き手の幅がピンからキリになる一方のセミナー:「わかっている人」も「わかっていない人」も区別しないマンション管理原則の限界が・・
ピンからキリまでを絵にしたような感じのマンション管理セミナー

 10月に入って、少しほっとしている。この9月は忙しかった。この一か月間で4回のセミナーを引き受けていたからだ。十年近く前までのことを考えればこの程度の回数はどうということもないのだが、相応に年をとっているから、正直なところ一か月に4回となると今は少しくたびれる。

 私の場合、セミナーと名が付くものの大半は分譲マンションの管理組合向けのものになる。参加者は、めぐりあわせで心ならずも管理組合の役員になってしまったもののどういうことをすればいいのかわからないといった人たちが多い。年齢も本業も千差万別だ。本来の仕事ではそれなりに経験を積んだ専門家なのだが、管理組合の理事などを引き受けたばかりに、やらなければならないことがさっぱりわからない。でも、自分の住まいのことだし、何とかきちんと役目を果たしたい・・・。そう考えている人が圧倒的に多い。参加者を見ると、誰の顔にも、そう書いてある感じだ。

 こちらもそれがわかっているから、そのつもりで話す。しかし、ときとして「そのつもり」が不満の種になることがある。理事や理事長を経験した人が、また参加することがあるからだ。一度経験すると、何も知らなかったときには気づかなかった根深い疑問が多くなる。だから、わからないことづくめの人ばかりだと考えて話す説明法は、「そんなこと、もうわかってる」という不満を呼ぶことが多くなる。ここが、むずかしい。

 参加者の理解と認識のレベルが、まさにピンからキリといえるほどの幅に広がるからだ。でも、こちらにとっては、顔をみるのも初めてという大勢の人が相手なのだから、いったい誰がピンで誰がキリだか見当もつかない。そこをどう考えるか。ピンに焦点を合わせればキリがわかりにくくなるし、キリにレベルを合わせれば、今度はピンがもどかしがる。管理組合向けのセミナーを引き受けるようになってからもう二十年を超えるが、今もって、この難しさは一向に変わらない。

「ピンからキリ状況」はまずアンケートで、次に質問で浮かび上がる

 セミナーでは、大抵参加者のアンケートを集める。時としてこのアンケートを見せてもらうことがあるが、それを見ると、このピンからキリまでの状況が手にとるようにわかる。このピンキリ状況がもっとわかるのは、セミナー参加者からの質問だ。

 もともと、通常のセミナーでは、予定のプログラムが終わると、会場の参加者から質問を受けることが多い。私の場合も、ずいぶん以前はこの方法だった。

 しかし、この方法をとると、いくつもの問題が浮かび上がってくる。まず、第一は質問者自身が、自分自身の知りたいことをはっきり語れないことが多い点だ。ああでもあって、こうでもあるが、そうではない・・・、という「わからないことがわからない」状態の人が少なくない。質問点がはっきりしないのだ。第二は、質問だか演説だかわからない長広舌にぶつかること。このタイプにぶつかると、時間がいくらあっても足りなくなる。そして、第三が、本当は聞きたいことがあるのだが、大勢の人がいるところで聞く度胸がなくて、何も聞かずじまいになってしまう人が多いこと。アンケートなどに、その思い残しを書く人がけっこう多い。

 で、やむなく、かなり前から事前に質問を紙に書いて出してもらい、これを会場で答えるという事前の質問記入方式に切り替えた。このやり方は回答する方にとって骨が折れるのだが、質問と回答の内容に「あ、うちのマンションでもそうだ」と思わせる共通性があれば普遍的な情報を得られるので、喜ばれることが多い。いわば、ケーススタディ効果である。二十年近くたった今も続けているこの方法を、9月のセミナーでも取り入れた。

 ところが、このごろ、この方式で集まる質問で、年々ピンからキリの広がりが大きくなってきている。ピンの方は管理者管理のことなどを聞いてくるが、キリの方は管理組合と町内会の区別がまったくわからない類のものも少なくない。

 昔から、マンション管理の世界にはピンからキリの状況があった。しかし、その広がりがこんな極端な形で開くことは、それほどなかった。今は、そこが違う。

 かなりよく「わかっている人」とどうにもならないほど「わかっていない人」が、同じマンションの中でいっしょに住んでいる状況が浮かび上がってくる。

 マンションストックが500万戸を超えた状態の難しさが、今ありありと姿をあらわし始めた感じだ。わかっていようとわかっていまいと、すべて同じカウントで考える区分所有原則の限界がこんなところにも見えてくる。
| 村井忠夫 | コラム | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
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