2010年までにコンクリート構造物が壊れ始めるという予測があったが
福島県二本松市のマンションで放射能汚染が発見されたというニュースを見て、いろいろなことを思い出した。マンションのコンクリートは一体どうなっているのかという昔から何度もぶつかってきた疑問があらためて切実によみがえってくる。
ニュースが伝えているのは、地方都市の賃貸マンションのことだ。しかし、1階に住む人が気づいた放射線量の高さが示す事実は、マンションという建物の実態が実にわかりにくいという昔からの気がかりが相変わらず今もまったく変わっていないことを物語って余りある。
誰も気がつかなかった異変がコンクリートに隠れていたこと、放射性物質以外の問題の有無は事実上まったくわからないこと、賃貸マンションと同じことが分譲マンションで起こらないはずがないことなど、気にし始めるともうキリがないほど多くの疑問が浮かんでくる。
ニュースは放射性物質のことばかり伝えるが、アスベストだったらどうなのか、塗り固められてしまって外側からはまったくわからないコンクリートの内部のことを確かめる術があるのか、そういうコンクリート劣化診断の専門家はどこにいるのか・・・。
ここまで考えて、一冊の本のことを思い出して読み直してみた。小林一輔著「コンクリートが危ない」(岩波新書・1999年5月発行)である。刊行直後の1999年(平成11年)6月、山陽新幹線でトンネル天井のコンクリートが走行中の「ひかり」に落下した事故が起こったことも忘れがたい。この本は11万部のベストセラーになったそうだ。
著者はコンクリート構造の建築が日本社会の隅々まで使われているのに対応してコンクリートの劣化が無視できない影響をもたらすことを繰り返し述べており、その具体例として新幹線の高架橋やマンションの実例がつぶさに写真入りで紹介されている。「2 コンクリート構造物の寿命」という部分では「日経コンストラクション」に掲載された投書に「30年ほど先に橋など土木構造物が一斉に壊れ始める」とあるのを紹介したうえで、小林氏自身は『私は、(その時期は)30年後よりはるかに早い2005〜10年頃までにやってくる可能性が高いと考えている』と述べる。
この記述の前の冒頭部分には旧住宅公団の団地で起こった異常なコンクリート劣化事故の詳細が出てくるし、著者自身がマンションに住んでいたこともあって「分譲マンションへの対策」という一章がつけられており、管理組合の問題などにも筆がさかれている。刊行当時この本はマンション管理関係者に少なからぬショックを与えたはずだと思うのだが、実際には、それほどの議論は聞かないままだった。
著者の小林一輔氏はすでに故人だが、もし今度の福島・二本松の放射能マンションのニュースからどう受け止めるかをぜひ聞きたかったと、今あらためて思う。
竣工までの全体像を知らずに住まざるを得ないマンションをどう考えるか
今年は2012年。小林さんの予言が当たったかどうかには議論の余地があるかもしれない。「コンクリート構造物が一斉に壊れはじめる時期」とした2005〜10年はとっくにもう過ぎたが、この予測がそのまま当てはまるかどうかは正直に言って考えにくいからでもある。
しかし、今度の福島・二本松のマンションのことを聞くにつけ、反芻せざるを得ない疑問が改めて大きくなってきた気がする。
一つは、マンションという巨大建築物の計画から竣工までの全過程を包括的に掌握しているのがいったい誰なのかという問題だ。竣工して分譲された後の段階で何か起こると、問題によって事実確認の相手はいつも分かれる。起こった問題が建築工事関係か、設計関係か、それとも設備関係かが話の始まりだが、そこからは具体的に話が進むほど関係者探しが迷路のように複雑化し、枝分かれしていく。
建築工事なら何という名の会社の、どの部門の人か、その会社から下請されたのはどういう会社の誰か・・・というふうに。関係の図面や書類も必要になるが、ケースによっては関係者が人事異動や定年・転職でもういないということも少なくない。中には、建築した会社自体が存在しないことだってあるのだ。
「《ウチのマンションの建設までのいきさつ》の全体を知っているのはいったい、どこの誰なのか」というマンション登場までのプロセスで関わった関係者が分からないと、目の前のことが理解できなくなってしまう。福島・二本松のマンションがそうだったではないか。
事実が分かっても管理組合には手が出せないもどかしさ
二つ目の疑問。こうした事情が突き止められたとしても、それをどうするかという問題がある。事実を確かめてもそれに取り組むわけではない立場なら気楽だが、管理組合の方はそういかない。わかった事実がどれほど難しくても放っておくと住めなくなるからだ。困るのは住んでいる自分たち自身である。しかし、当事者としての管理組合の運営は難しくなるばかりなのだ。
この難しさに加えて高齢者や単身世帯の増加が弱体な管理組合の組織力をますます薄弱にしている。取り組む力がないのに当事者となっている管理組合が何とかしようと思っても頼りにできるものがない。これは、体力のない老人に向かって「自分ノ努力デナントカ頑張ッテ元気ニナリナサイ」と医者がいうのに似た感じではないか。
マンション管理は、もともと、その物件の所有者が住み始めた後のプロセスを前提とした課題だ。そのマンションを購入した段階のことはマンション管理というステップには必ずしも直接的に関係しない。
しかし、だからといって無関係ではない。買ったマンションが生まれるまでのいきさつが有形無形に管理プロセスの取り組みに影を落とすことは否定できない。
だからこそ、マンション管理適正化法には、新築マンションの分譲業者が設計図書を渡すことが義務づけられているのだ。ただし、この条文があるのは雑則だし、ちょっと前までは顔も名前も知らなかった人同士でつくる管理組合が図面を受け取るという手続きが示されているだけにすぎない。
図面を引っ張り出していろいろ確かめたいような問題が起こった時には、当の管理組合は理事会のメンバーも全部変わっているし、第一、図面だけでは肝心のことはほとんどわからないだろう。
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わからないことがわからないままの状態で、マンションだけは増え続けてきた。わからないことの多さとマンションストックの大きさを考えると、今度のニュースで気になることがあまりにも多い。このわからないままの状態は、まだ、これからも続くのか。
福島・二本松市はきわめて身近な気がする。