村井忠夫のマンション管理ブログ

村井忠夫のマンション管理ブログ
福島の放射能マンションが教える棚上げされたままの課題

 2010年までにコンクリート構造物が壊れ始めるという予測があったが

 福島県二本松市のマンションで放射能汚染が発見されたというニュースを見て、いろいろなことを思い出した。マンションのコンクリートは一体どうなっているのかという昔から何度もぶつかってきた疑問があらためて切実によみがえってくる。

 ニュースが伝えているのは、地方都市の賃貸マンションのことだ。しかし、1階に住む人が気づいた放射線量の高さが示す事実は、マンションという建物の実態が実にわかりにくいという昔からの気がかりが相変わらず今もまったく変わっていないことを物語って余りある。

 誰も気がつかなかった異変がコンクリートに隠れていたこと、放射性物質以外の問題の有無は事実上まったくわからないこと、賃貸マンションと同じことが分譲マンションで起こらないはずがないことなど、気にし始めるともうキリがないほど多くの疑問が浮かんでくる。

 ニュースは放射性物質のことばかり伝えるが、アスベストだったらどうなのか、塗り固められてしまって外側からはまったくわからないコンクリートの内部のことを確かめる術があるのか、そういうコンクリート劣化診断の専門家はどこにいるのか・・・。

 ここまで考えて、一冊の本のことを思い出して読み直してみた。小林一輔著「コンクリートが危ない」(岩波新書・1999年5月発行)である。刊行直後の1999年(平成11年)6月、山陽新幹線でトンネル天井のコンクリートが走行中の「ひかり」に落下した事故が起こったことも忘れがたい。この本は11万部のベストセラーになったそうだ。

 著者はコンクリート構造の建築が日本社会の隅々まで使われているのに対応してコンクリートの劣化が無視できない影響をもたらすことを繰り返し述べており、その具体例として新幹線の高架橋やマンションの実例がつぶさに写真入りで紹介されている。「2 コンクリート構造物の寿命」という部分では「日経コンストラクション」に掲載された投書に「30年ほど先に橋など土木構造物が一斉に壊れ始める」とあるのを紹介したうえで、小林氏自身は『私は、(その時期は)30年後よりはるかに早い2005〜10年頃までにやってくる可能性が高いと考えている』と述べる。

 この記述の前の冒頭部分には旧住宅公団の団地で起こった異常なコンクリート劣化事故の詳細が出てくるし、著者自身がマンションに住んでいたこともあって「分譲マンションへの対策」という一章がつけられており、管理組合の問題などにも筆がさかれている。刊行当時この本はマンション管理関係者に少なからぬショックを与えたはずだと思うのだが、実際には、それほどの議論は聞かないままだった。

 著者の小林一輔氏はすでに故人だが、もし今度の福島・二本松の放射能マンションのニュースからどう受け止めるかをぜひ聞きたかったと、今あらためて思う。

竣工までの全体像を知らずに住まざるを得ないマンションをどう考えるか

 今年は2012年。小林さんの予言が当たったかどうかには議論の余地があるかもしれない。「コンクリート構造物が一斉に壊れはじめる時期」とした2005〜10年はとっくにもう過ぎたが、この予測がそのまま当てはまるかどうかは正直に言って考えにくいからでもある。

 しかし、今度の福島・二本松のマンションのことを聞くにつけ、反芻せざるを得ない疑問が改めて大きくなってきた気がする。

 一つは、マンションという巨大建築物の計画から竣工までの全過程を包括的に掌握しているのがいったい誰なのかという問題だ。竣工して分譲された後の段階で何か起こると、問題によって事実確認の相手はいつも分かれる。起こった問題が建築工事関係か、設計関係か、それとも設備関係かが話の始まりだが、そこからは具体的に話が進むほど関係者探しが迷路のように複雑化し、枝分かれしていく。

 建築工事なら何という名の会社の、どの部門の人か、その会社から下請されたのはどういう会社の誰か・・・というふうに。関係の図面や書類も必要になるが、ケースによっては関係者が人事異動や定年・転職でもういないということも少なくない。中には、建築した会社自体が存在しないことだってあるのだ。

 「《ウチのマンションの建設までのいきさつ》の全体を知っているのはいったい、どこの誰なのか」というマンション登場までのプロセスで関わった関係者が分からないと、目の前のことが理解できなくなってしまう。福島・二本松のマンションがそうだったではないか。

事実が分かっても管理組合には手が出せないもどかしさ

 二つ目の疑問。こうした事情が突き止められたとしても、それをどうするかという問題がある。事実を確かめてもそれに取り組むわけではない立場なら気楽だが、管理組合の方はそういかない。わかった事実がどれほど難しくても放っておくと住めなくなるからだ。困るのは住んでいる自分たち自身である。しかし、当事者としての管理組合の運営は難しくなるばかりなのだ。

 この難しさに加えて高齢者や単身世帯の増加が弱体な管理組合の組織力をますます薄弱にしている。取り組む力がないのに当事者となっている管理組合が何とかしようと思っても頼りにできるものがない。これは、体力のない老人に向かって「自分ノ努力デナントカ頑張ッテ元気ニナリナサイ」と医者がいうのに似た感じではないか。

 マンション管理は、もともと、その物件の所有者が住み始めた後のプロセスを前提とした課題だ。そのマンションを購入した段階のことはマンション管理というステップには必ずしも直接的に関係しない。

 しかし、だからといって無関係ではない。買ったマンションが生まれるまでのいきさつが有形無形に管理プロセスの取り組みに影を落とすことは否定できない。

 だからこそ、マンション管理適正化法には、新築マンションの分譲業者が設計図書を渡すことが義務づけられているのだ。ただし、この条文があるのは雑則だし、ちょっと前までは顔も名前も知らなかった人同士でつくる管理組合が図面を受け取るという手続きが示されているだけにすぎない。

 図面を引っ張り出していろいろ確かめたいような問題が起こった時には、当の管理組合は理事会のメンバーも全部変わっているし、第一、図面だけでは肝心のことはほとんどわからないだろう。
                  ☆
 わからないことがわからないままの状態で、マンションだけは増え続けてきた。わからないことの多さとマンションストックの大きさを考えると、今度のニュースで気になることがあまりにも多い。このわからないままの状態は、まだ、これからも続くのか。

 福島・二本松市はきわめて身近な気がする。

| muraitadao | コラム | 08:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
原発寿命が40年ならマンションの寿命は何年?

 原発安全性のイメージは漢字よりも数字で考える方がわかりやすくなる

 1月7日の新聞によれば、原発の寿命が40年となる法制化の方針が決まったらしい。40年という数字には議論がありそうだが、こういう形で存続期間のイメージがはっきりするのは画期的なことだと思う。

 何であれ、判断の手掛かりは数字で明確化されないと抽象的な漢字の言葉だけになってしまう。読み方次第で判断の手掛かりの意味が分かれる漢字の言葉だけだと、読み手によって判断は様々になり収拾がつかなくなる。その挙句「何も決まっていない」という解釈に逃げ込む形であいまいな都合のよい判断で物事が決まることを、昔から嫌というほどさんざん見せつけられてきた。原発促進の歴史だって、ついこの間までそうだったではないか。

 しかし、未曽有の巨大事故を経験した今、いくら難しくてもこれ以上棚に上げられなくなった課題の答を探そうとすれば、明確な数字で考えるしか方法がない。ここまで来たら、今までのように抽象的な漢字語彙で考えることはもはや許されまい。

マンションの寿命は何年かがいまだにわからない不可思議さ

 こう書いてきて、この実感が今までの経験に思い当たることに気づいた。原発の寿命が40年ならマンションは何年なのかと、反射的に考えたからだ。この疑問にはもう30年近く前から何度も何度もぶつかってきた。どこかに答はないかと探し続けたが、見つからずじまいの中でマンションは増えに増えて新しいマンションと古いマンションの混在状態が進み、マンションの寿命を考えざるを得ない機会はむしろ昔よりも多くなってきた。

 10年ちょっと前に比べればマンションの議論も格段に多くはなったが、マンションの寿命を考える議論になると、今なおめったに聞く機会がない。

 マンションと原発を同じように考えるわけにはいかないことは百も二百も承知している。しかし、寿命を具体的に考えなければならない必然性がある点では原発もマンションも変わるまい。

 3大都市圏で築後30年以上のマンションが2011年には100万戸にのぼるという東京カンテイの予測が衝撃をもたらしたのは7年前だった。しかし、そのご託宣が想定していた昨2011年も、この予測を巡る議論はついぞ聞いたことがないまま過ぎてしまった。もしかして、うっかりしていて気がつかなかったのかもしれないが・・・。

 5年前にこのブログの第1回目で書いた四谷コーポラスは民間分譲マンションの第1号だが、1956年(昭和31年)11月竣工だから、今年の秋にはもう56年になる。

 マンションの寿命を支える修繕工事には計画性が欠かせないという観点で、マンション標準管理規約に長期修繕計画が管理組合の仕事だと打ち出されたのが15年前の1997年(平成9年)だった。この時、旧建設省はコメントで最低限度20年以上という数字を示していた。しかし、この考え方は2004年(平成16年)の改正で25年になり、新築物件では30年に変わり現在に至っている。

 偶然だろうが、原発寿命40年のニュースが流れた同じ6日、国土交通省は新たなマンション管理ルールの検討委員会の設置を発表したが、この委員会の主要検討事項の冒頭には標準管理規約の整備があげられている。検討点の中心になる『管理』は何年間の寿命を前提としなければ《マンションの新たな管理ルール》の議論ができないはずだから、何十年も待ち続けてきたマンションの寿命が今度はきっと語られるだろう。どういう議論になるのか目を凝らして注目したい。

マンション管理システムの時間概念欠落がもたらす疑問はほかにも多い

 こういう感じの課題はほかにもたくさんある。総じて観念的なことが熱心に議論されるのと対照的に実務的なことは見過ごされる傾向が強い。実務と時間概念が結び付くと、その傾向が特に目立つようになる。「年度」の問題はその典型例だろう。

 「年度」は法律でもはっきり決まっている管理組合運営基本条件の一つだが、一年度となる十二か月が何月から何月までなのかは実情がまったくわからない。そんな調査は見たことがないし、そういう疑問を持つ人に会ったこともない。

 こうした実情に気がついたのは、もう何十年も前だ。いろいろなことを聞かれるとき現実的に考えようとすると管理組合の組織運営条件をどうしても知らせてもらう必要があるので、会計年度が何月から何月までなのかをその都度確かめるようにしてきたからだった。

 こういう形でその都度、管理組合の年度を聞いてみてわかったことが二つあった。一つは、想像以上に多種多様な決め方が目立ったこと。4月から3月だけではなく1月から12月、10月から9月、中には7月から6月とか、3月から2月などというのもあって、もうバラバラ。要するに、竣工して全戸完売のタイミングに影響されているわけだ。この実情は、昨今のように全戸完売までに何年もかかっているようなマンションでは、いったいどうなっているのだろうか。想像のほかである。

 もう一つわかったことは、管理組合自身が会計年度の開始月終了月を知らないケースが少なくなかったこと。そんなことは管理会社に聞かなければわからないというわけだ。

 年度が分からないぐらいだから、年度と年度の切り替え時期に当たる年度替わりなど、もうわからないことづくめだ。実質的に管理組合を動かしている理事会は回り持ちの当番制で、大半が毎年交代するから、この年度替わりの乗り切り方が組織運営の急所になるのだが、こちらは、標準管理規約を含めて完全に何も決まった仕組みがない。
                    ☆

 考えようとしていたのは原発の寿命のはずだった。難しい原発の寿命もさることながら、マンションの寿命のことも改めて気になってきた。原発に比べればマンションの方は何か手がかりがあるのではないかと思うのだが・・・。

| muraitadao | コラム | 10:54 | comments(3) | trackbacks(1) |
マンションの正月は住人の名前と顔の確認機会になる!

 年賀状が伝える自分の存在情報はメールより確かかもしれない

 昔に比べれば少なくなったとは思いながら、正月となれば、やはり年賀状となる。どれもこれも似たり寄ったりの字体・決まりきった文面の葉書でも、手に取ってみれば、僅かな消息交流のパイプがかすかに通じていることは確かにわかる。

 いまどき必要なコミュニケーションはメールなどで簡単にすんでしまうから、わざわざ郵便葉書で送る《あけましておめでとう》という通り一遍のメッセージにはもう実質的な情報交流の意味がなくなってしまった。年賀状には、もう送り手が自分の住所や電話番号程度を第三者に伝える意思表示の意味しかない。

 しかし、だからこそ、逆に言えば、年賀状をやり取りする状況には自分の存在を知らせたい気持ちがはっきり示されているといえるだろう。“自分がここに住んでいる”という単純だが一番基本的な情報発信こそが、年賀状の意味になりそうだ。

 わざわざ50円を投じて送る年賀状には、個人情報がどうだとかいう名目で自分の名前を伏せたがる時代には昔と違う特有の意味があるのかもしれない。

この実感はマンションで逆転。顔が分かって名前が分からぬ人ばかり!

 しかし、この実感をマンションの居住感覚に当てはめると、とたんにわからなくなってくる。

 そこそこにお付き合いがあってたまさかの会話でもちゃんとした生活感覚を感じさせるような人でも、自分の住戸にはネームプレートや表札を出さない。まして、新しく越してきても挨拶などはもうしないのが当たり前だ。

 この傾向や感覚は仕事や年齢とまったく関わりがない。ふだん会っても声をかけるでなし、目を合わせるでもない。名前を顔が一致しない同士がエレベーターなどで一緒になる白々しい状況は、オフィスビルとほとんど変わらない。

 よく見かける顔だからウチのマンションの人だろうといつも思う人の名前が、どうしても分からない・・・。

 マンションの居住感覚には名前と顔が一致しない状況がどんどん広がり、壁や床を隔てただけで超至近距離に住むマンションがホテル化していく。

 マンションの現実を知っている人なら、この言い方を誇張とは思うまい。誇張だと思う人はいますぐ玄関エントランスで全戸のうちネームプレートが出ている住戸の割合を確かめてみるがいい。確かに誰かが住んでいるはずなのに名前がわからないという住戸が、どのくらいあるかを確かめるといい。

 にもかかわらず顔と名前が一致しない居住実態の実情の調査は、まったく存在しない。調査自体がむずかしいし、そもそもこういう問題意識を持っている人がほとんどいないからだ。

 でも、そんな実情なのにコミュニケーションがどうだとかコミュニティがどうだとかいう議論だけはけっこう多い。マンションのコミュニケーションはもう何十年も前からの宿題なのだが、答が今もって見つからないままだ。だから、こうしたテーマの本もないし、セミナーもない。講演会もない。相談先もはっきりしない。要するに、具体論としての情報がない状態なのだ。

玄関のネームプレートや住戸ごとの表札の様子確認のすすめ

 この状態を何とかする方法がある。それは、マンションに住む人のネームプレートや表札を出すようにする呼びかけの展開だ。そもそもマンションに関する限りコミュニケーションとかコミュニティはあくまでも現実的な課題である。抽象的な理屈ではなくて、接触している人をどこまで「知っているか」という具体的な認識の問題にほかならない。

 だから、常日ごろいくら高邁な理屈を述べていても実際に対人的な接触をしていないと、コミュニケーションやコミュニティの議論は説得力が乏しくなる。法律にいくら詳しくても具体的なコミュニケーションの進め方となると語る人が少なくなるのは、ここに理由がある。

 マンションごとに実情が千差万別に異なるコミュニケーションの進め方には、お手本がない。そもそも誰かに教えてもらうということが不可能な応用問題なのだ。答は、あくまでも相手次第で決まる。コミュニケーションを進める相手がどんな人たちなのかを確かめることが先決にならざるをえない。

 そこで、結論。どんな人たちがいまウチのマンションに住んでいるかを確かめる一番手取り早い方法は、ネームプレートや表札の掲示率を確かめてみること。名前をはっきり出している住戸と出していない住戸がどういう状態になっているかを、まず玄関エントランスで確かめてみること。

 やることは、まず、これだけだ。

 全戸の名前が表示されているマンションの例は、めったにないだろう。

 その少なさに何を感じるか。このままでいい、別に何も問題はないと思うなら、面倒くさいコミュニケーションの議論など無用だ。

 でも、このままでは困る。何とかしなければまさかの時に困る、と、ちょっとでも思うなら、そこから管理組合が議論すべき問題が始まる。

 うちのマンションで、ネームプレートや表札のある住戸はどのくらいあるか。年賀状のやりとりをする正月は、そういうことを考えるチャンスでもある。

 コミュニケーションの議論は、その後でゆっくりやればいい。

| muraitadao | コラム | 10:13 | comments(2) | trackbacks(0) |
人騒がせな近くの国とマンションの厄介な住人の共通性

 金正日急死のニュースなど昔は何も関係がないはずだったが・・・ 

 そろそろ年賀状のことが気になりだした19日の昼、金正日急死のニュースを聞いた。生きていても何かにつけて物議の種になったこの人物、急死したあとは、またあらためて何かと悶着の種となり続けることになりそうだ。

 69歳だったそうだが、考えれば考えるほどこの男のことは、さっぱりわからない。何年も前からテレビで見るのはいつも同じカーキ色の制服だか軍服で生涯ずっと変わり映えゼロの身なりだったし、そもそも声を聞いたことがない。何だか号令のような叫び声だけ聞いたことがあるが、普通の話声は結局聞いたことがないままだった。これほど正体不明だったのに、存在自体は長い間の問題だったことになる。

 こういう人物のいる外国の様子など、どうであろうと、生活実感のレベルでいえば、何も関係がない・・・。以前は、そんなところが正直な実感だった。

 でも、よく考えると、実は、必ずしもそうは言えないのではないか。少なくとも、マンションの居住実感を照らし合わせて考えると、まったく関係だった外国の話に、実はリアルな意味が見えてくるような気がする。

すぐ近くにある国、すぐ近くに住む人。どちらも遠ざかれないなら・・・

 北朝鮮のことは、ニュースを聞くたびに引っかかる感じのことが多くて、何とかならぬものかといつも思ってきた。しかし、いくらそう思ってみても、地図を見れば北朝鮮が日本海を隔てた隣国であるという事実は動かしようがない。やることなすことがすべて気になっても、遠ざかるわけにはいかない。離れたくても、離れようがないのだ。

 となれば、そうした現実を直視して考えるほかない。いくら気に入らなくても、その存在を無視することはできないのだから。

 気になっても遠ざかれないというこの感じには、マンションに住む生活実感と予想外の共通性があることに気づく。何かにつけて、海の向こうには気になる国があるというこの感じは、同じ建物で壁や床を隔てただけで気に入らない人がすぐ近くに住むことを考えざるを得ない感覚と、どこかで似てはいまいか。

 こうした位置関係の相似性をどう考えればいいのだろう。

 北朝鮮は、将来どうなるのか。すぐ近くの、あの感じの悪いオヤジは、これからどうなるのか。「どうなるのか」という問題は、実は、こちらが「どうするのか」という問題でもあるのだが・・・。求めようとしている答の半分ぐらいは、こちらの問題らしいことにも思い当たる気がしてくる。

 結局、これはコミュニケーションの問題なのかもしれない。

コミュニケーションが成り立つ前提は何なのか

 言葉でいえば、国と国のコミュニケーションは外交だ。北朝鮮との間のコミュニケーションも、外交の問題だろう。

 ならば、いちいち気に入らないオヤジとのコミュニケーションは、どうなるのか。まさか外交でもあるまいし・・・。

 これは、もうマンション管理の問題としか考えようがない。同じ建物の中で、向こうもこちらも生活条件を共有しながら暮らしているのだから、その関係が成り立つマンション管理というレベルで答を見つけるしかない。気に入らないオヤジとのコミュニケーションも、最後は、管理組合の課題になる・・。

 書くのも気がひけるほどわかりきった現実的なことなのだが、この現実的なイメージを考えないと、マンション管理の問題は理屈で固められた白々しい理想論になってしまう。現実との隔たりに気づかない理想論は永遠に役に立たない。

 そこに気がつくかどうかが、実は、マンション管理を理屈倒れの問題と考えるか、リアルな日常生活の問題と考えるかの分かれ目だろう。

 自分がいる場所の位置関係の自覚というキーポイントでは、北朝鮮と気に入らないオヤジとの間に共通するものがあるのではないか。

 押し詰まった年の瀬の妄想かも知れないが・・・。

| muraitadao | コラム | 21:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
太陽光・太陽熱マンションのメンテナンスは誰が担うのか

COP17のニュースで思い出した自然エネルギー導入マンションのこと 

 意見の違いにさんざん手こずったというCOP17のニュースを何度も見た。環境問題に関心はあってもそれほど詳しくないから、ニュースの本当の意味を理解できている自信はない。しかし、連日のように原発事故の経過を聞いている中でこうしたニュースを聞けば、以前とは違う連想がいくつも浮かんでくる。

 そんな連想の中でこの数カ月の新聞報道が気になって、手元のスクラップから朝日と日経の記事を読み返してみた。見出しだけ紹介しておこう。どれも、この数カ月の朝刊に出た記事である。
10月19日・朝日】マンションドア・サッシ交換/「リースで一斉に」業界参入/管理組合向け 半日で結露改善
10月25日・朝日】太陽光マンション脚光/売電で収入 新制度が追い風
11月16日・日経】マンションや戸建て住宅/太陽熱導入 都が補助 上限50万円、普及後押し/22社のシステム採用
12月7日・日経】高圧を活用、太陽光併設・・・/マンション販売 「光熱」安さ競う/電気代の先高懸念 需要取り込む

 最初の記事は今年の原発事故には関係しない内容だが、冬場の暖房はエネルギーと直結する問題だから、当然気になって読み直してみた。結露はもう何十年も昔からの問題だが、これといって効果のある提案はないままだった。ようやく気がついてくれたかという気もするが、それだけに身近さが感じられる記事だ。

 管理組合との関係が前提になっている点も正確である。ついでに言うと、国土交通省が7年前の標準管理規約改正で盛り込んだ「窓ガラス等の改良」という条文が、以前からのこうした問題の幅広い存在を公式に認めたことを物語っている。

 あとの三つの記事は、すべて今年の東日本大震災と原発事故が電気エネルギー問題の重みを気づかせたリアルな問題意識と明らかに関連している。だから、今年のようなことがなかったら、こんなことはなかっただろうという気もするニュースだ。

 この記事を読んでいて、思わず20年以上前のことを思い出した。東京都心のマンションだったが、屋上に太陽熱用のソーラーを置いて共用部分の電気料金を自分たちで確保したいのだが、どういう手順でリフォームしたらいいかという管理組合からの相談だった。

 他に例がないユニークな相談だったから、正直なところ当惑したものだ。

 当時、まだそんな例は聞いたことがなかったし、そういう問題の専門家がいるのかどうかさえもわからなくて困った。でも、こちらが知らない分だけ確かめてみるべき問題だという気がしたので、ずいぶん手数をかけて調べてみた。その結果わかったことは、理屈では可能だし、具体的な技術や商品もわずかにあるらしいが、かなりの費用と手数がかかるという事情だった。それだけに意見が分かれやすい不安があるので、管理組合サイドでもっと情報を集めながら意見を尽くして検討する必要があると答えた記憶がある。

 この管理組合が、この問題をどう進めたのかは、まったくわからない。

販売時のポイントは買い手のメンテナンスの課題になるのだが・・・

 ここまで思い出して、気になることが浮かんできた。個人レベルでいくら意識していても対応できる設備がなければ実現しない自然エネルギーを活用できるという期待が商品化したこと自体はわかるし、それなりの時代の流れなのだが、これを買った後のメンテナンスはいったいどうなるのかが、どうしても気になってきたのだ。

 いまの分譲マンション需給システムを前提にして考えれば、こうした太陽エネルギー利用設備のメンテナンスは購入者の問題になるはずだ。何といっても新しい設備のメリットをそのまま享受するのだから、それに伴うメンテナンスが購入者の課題になるのは当然だろう。

 いうまでもないが、購入者は区分所有者であり、集合住宅ではその区分所有者が管理組合という団体を構成する仕組みがあるから、太陽エネルギー利用設備のメンテナンスが管理組合の仕事になるのははっきりしている。

 しかし、当の管理組合にその仕事を担う条件や能力がそろっているだろうか。太陽光エネルギー設備は間断なく動かなければならない。停電などがあったら困るから管理が重要だが,管理組合がそれほど大事な管理を自力でやれるはずがない。そうなれば、管理会社に委託するしかないが、契約の仕方や費用はどうなるのか。太陽光エネルギーによる電気を利用するのは共用部分なのか、それとも専有部分なのか。発電した電力の送電設備はどうなるのか・・・

 きりがないほど、いろいろな問題が浮かんでくる。

 何でもそうだが、販売段階でわからないことに気がつくのは買い手が使い始めてからあとである場合が多い。すでにいくつもの事例があればいいのだが、太陽光エネルギー設備のようなまったく新しいシステムの場合は、どうなるのだろうか。

法律的発想が主流だったマンション管理で設備の管理は盲点ではないか

 管理組合は、もともと当事者能力が弱い。だからこそ、マンション管理士というプロ資格者がいるのだし、実務能力がからっきし苦手な管理組合のサポートを管理会社が引き受けるという仕組みが続いてきた。

 ただ、この仕組みは法律的な発想中心の性質が強い。が、日本中のマンションがそれほど古くなくて管理の実情も同じようなケースばかりだった段階では、画一的なルール重点の仕組みでもそれなりの効果を生んできた。そのことは、この30年近い歳月が物語っている。

 しかし、今は、もうそういえなくなってきているのではないか。マンションごとの事情が複雑化して個別の対応が求められるようになると、今までのように同じ言葉で同じ考え方で対応する発想では管理組合の対応能力の弱さをカバーできなくなってきた。

 そうした実感がある中で太陽エネルギー活用システム導入マンションの話を聞くと、管理組合にとって難しい問題がまた増えたような気がする。

 そもそも建物の具体的な実情は、漢字文字だけで抽象的に綴られるルールに載りにくい。標準管理規約の別表の「共用部分の範囲」をみればよくわかる。大きくて複雑なマンションのライフラインも、ここではすべて「電気設備、給水設備、排水設備・・・」などという簡単な言葉が並んでいるだけだから。

 その発想で太陽光エネルギー活用設備も示されるのだろうか。まさか・・・。 

| muraitadao | コラム | 01:17 | comments(2) | trackbacks(0) |
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