村井忠夫のマンション管理ブログ

村井忠夫のマンション管理ブログ
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 32】45年間住んでくると エレベーターでマンションがわかるようになる。住んでいる人の様子も、管理組合のことも、管理会社のことも・・・

マンションのエレベータ―は「人は様々、十人十色」を永遠に実感し続ける空間ではないか

 マンションのエレベーターで、誰かと二人っきりになることがある。ほんの短い時間だが、誰かと密室の時間を共有することになる。

 45年間、住んできた11階。エレベーターに乗る時間はせいぜい1分足らずだから気になるほどの長さではないのだが、同じところに住む人間同士にとって、エレベーターは住み手としてお互いの顔を合わせる場所でもある。

 最上階に住んでいるから、途中階から乗り降りする人の顔ぶれで長年にわたる住み手の様子の一端もわかる。

 いつも見かける人と乗り合わせた後しばらくたって、エレベーターを降りてから「そう言えば、あの人、このごろ見かけないな」という感じで、会うことがなくなった人のことに気づく時もある。逆に、初めて見かけるようになった人の名前が気になって尋ねたりすることや、いつもと違う時間に乗り合わせて久しぶりに会った人もいるし、見慣れない人と一緒になることもたびたびある。

 10戸近い棟で4基あるエレベーターの一つを毎日のように利用してきた実感は、いつも、乗り合わせた人たちの記憶に重なる。

 その記憶は、「いろんな人がいる」という平凡だが、否定しようもない実感と確実につながっていく。
                   ☆
 エレベーターに乗って頭に浮かぶ「いろんな人がいる」という感想は、やがて「いろんな人がいた」という過去の追憶につながっていく。この頃は何かにつけて、マンションに住んできた長い年月を何となく思い起こすことが多い。

「十人十色」の意味が今までと違ってきた。「昨年の十人」は「今年の十人」と違うから「十色」の色合いが違う

 でも「いろんな人がいる」といっても、昨年の「いろんな人」は今年の「いろんな人」とは違う。「いろんな人」の顔ぶれは年とともに変わるのだから。

 いろんな人がいるから、十人十色になる。

 マンションは、まぎれもなく十人十色の世界。

 おまけに、いつも入れ替わる十人十色の世界。

 さらに、去年の十人と今年の十人が変わる世界。

 顔ぶれが変わらなくても、確実に、誰も齢をとる。齢を重ねれば、どうしても人の様子は変わる。

 会った人の様子が変わった分だけ、こちらも様子が変わっているはず。自分で気がつかなくても、たぶん自分の思っている以上に変わっているはず。

 去年の十人は今年の十人と違うし、今年の十人は来年の十人にはならない。
                   ☆
 以前は、「住まい」という言葉や住む人に何となく定型化、もっと言えば画一化されたイメージがあった。説明抜きで「マイホーム」という言葉が説明抜きで同じ光景を描き出せた時代があった。

 パパがいて、ママがいて、ボクがいて・・・というシーンで住宅業界のCMがつくれた。

 ハウスメーカーも、商品のイメージはそうした発想を前提としていたと思う。

 たぶん、そこはマンションも同じだっただろう。

 だから、いま600万戸を超えるマンションの大半にもそんなイメージでできた物件がかなりあるはずだ。

 DKとかDLKなどという言葉も集合住宅の歴史の中で生まれたのだから。

 マイホーム、終の棲家、核家族・・・。

 ある程度の年数がたったマンションでは、そういうイメージが重なる人とそんなことにはまったく無縁な人とが、いま隣り合わせて住んでいる。

 人には、それぞれに年齢相応の住居歴がある。マンションに住む人にも、それぞれ全く異なる住居歴がある。

 しかし、しばらく前まで、めったにそんなことを考えりしなかった。

 だが、この頃は違う。・・・
                   ☆
 エレベーターに乗った時、漠然とそう思うことが多くなってきた。

| muraitadao | コラム | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 31】「相談」という言葉に隠れた情報発信の重い意味に気づいている人はどのくらいいるだろうか

仕事としての「相談」の意味を《道を聞かれて答える》レベルの軽いものと勘違いしてはならない!

 住宅の世界に関わるようになったのは63年前の8月。発足して5年目の住宅金融公庫に入った時からである。戦後10年が過ぎたばかりで430万戸の住宅不足がまだ切実な時代だった。そんな頃から800万戸を超える空き家続出時代まで半世紀以上の歳月の流れを、いろいろな角度からずっと目の当たりに確かめ続けてきたことになる。

 思い出すこと語りたいことは山ほどあるが、やめておく。

 しかし、一つだけ書いておきたい。それは、仕事で何度も「相談」をする部門に携わった時の実感経験だ。

 「相談」は、いろいろなことをかかえた人に面と向き合う仕事である。そういう仕事に何度も関わってくると、いろいろな人の口から様々な話を聞いてきたという確かな実感を記憶することになる。

 当然ながら、相談窓口にやってくる人は誰もが「聞いてほしいこと」をいっぱい抱えている。どうしても聞いてもらわなければ困るからこそ相談窓口に足を運んでくるのは、治したい病気があるから病院に行くのとまったく変わらない。

 その意味で、相談に来る人たちから聞く話は、間違いなく本や新聞・雑誌では決してわからない現実感にあふれるようなことばかりだった。

 どんな分野であれ、相談は、一対一の対話という形で展開する。どっちでもいいような話なら、わざわざ相談したくて足を運んでくるはずがない。切羽詰まって聞いてほしいことがあるからこその対話が相談なのだ。

 だが、大抵は聞く方も聞かれる方も初対面だ。目の前にいるのはどんな人なのか、会ったばかりで名前すらわからない状態でも、相談に乗る方は、目の前の相手がまず《いま、ぶつかっている問題は、いったい何なのか》を口に出して余すところなく語り終えるまでじっと聞いていなければならない。決して、口を挟まずに・・。

 対話の流れが《どうしたらいいか》という方向に向かうのは、すべてその後なのだから。

 聞かれたことによっては答えが見つからない場合も珍しくない。そんな時には、いっしょに答探しをする覚悟がこちらにも必要となる。

 相談でやり取りする言葉が、そのまま質問者の判断の手がかりとなり、その判断の結果はもしかすると長い年月に影を落とすかもしれないが、相談を求められている自分が答えられそうもない・・と気がついても決して逃げてはならない。

 ここからは、一緒に答探しに付き合うという感覚が必要になる。
                   ☆
 住まいの問題の相談は《つくりごとのお話》ではない。儲けて利益を得るための資産として住宅を手に入れようとする人なら、もともと相談などしてこない。損得に目ざとい人は、口に出さず黙ったまま自分で答えを見つける心得があるのだから。

 そこに気づいたのも、相談の実感だった。
                   ☆
 だが、答えが見つからないままの相談であっても、そうした相談が何も役に立たなかったということには決してならない。今でも、そう思う。

 てきぱきしたやり取りとは程遠いボソボソした対話であっても、相談に来た人は、何とかして自分の言葉で少しずつ質問し続けているうちに、当の質問者自身が何となく自分でも気づかぬうちに、頭の中でもやもやとぼんやりしていた考え方がだんだん整理されてくる感じになるからだ。

 その実感がわいてくる程度の時間が経過すると、ほかならぬ相談に答える方も相手に通じる言葉や言い方をつかめてくる。この人にはこんな言い方が向きそうだとか、こう話せばいいのではないか、という感じで。

 そんな過程をたどるうちに、答えが見つかりそうな方向に近づくことはとても多い。
                   ☆
 まず、口に出して《話してみる》ということがどれほど有効か・・。その実感の積み重ねが、少しずつ相談者の力量や努力に支えられる対話の意味を固めていくことがわかったころ、33年間の住宅金融公庫の定年を迎えた。

「相談には人の数だけ答がある」こと、「その答は人に通じる言葉で語られてこそ意味がある」という確信がその後の人生を支えてきてくれた・・

 定年を迎えたとき、この思いはほとんど確信的に固まっていた。

 住宅の問題は、どんな意味であれ、きわめて現実的な問題である。だから、何とかして答えを見つけなければならない問題だ。

 住宅を語るときに言葉と理屈が必要になるのは、そうした意味で答えを確かめる必要があるからだ。当然ながら、その言葉や理屈は誰にでも通じるものでなければならない。

 これは、住宅に関するすべてのことに言えるし。個人であろうと業界人であろうと、役人であろうと学者であろうと、ジャーナリストであろうと全く変わらない。

 住宅について考え、語り、書くことは、どんな意味ででも独りよがりになってはならないのだ。

 自分が発信者になる情報の言葉や理屈は、すべて受け入れられるかどうかで意味が問われる。
                   ☆
 こうしたことを確信的に考え始めたことが「住宅評論家」というクレジットを使うようになったきっかけだった。

| muraitadao | コラム | 12:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える30】「このセミナーは参加者の顔がみんな暗いですね」と記者に質問された30年前の夏の日を思い出す

最初の大規模修繕工事が今にして思えばマンション管理との関わりの始まりだった

 初めて自分のマンションで大規模修繕工事に取り組んだのは、元号が昭和から平成に変わったころだった。もう30年前になる。マンション管理センターはまだ生まれていなかった。

 だから、今でこそ珍しくない大規模修繕工事についての情報が雑誌に出ているわけでもないし、参考書やセミナーなどもまったくない時代だった。

 今と違って書店全盛の時代だったが、それでもマンション管理の本や雑誌は全くなかった。品揃えの多い大型書店でマンション関連の本を探す時には、だいたい「趣味」のコーナーに近いところを探すのがコツだった。「金魚の飼い方入門」と並んでマンションの本が見つかったこともある。

 ついでながら、私自身は、マンション管理に関わるようになる前は「住宅評論家」というクレジットで書いたり話したりする機会が多くなっていた。住宅ローン関連の本などはもう何冊も書いたりしたが、マンションの本となると、どの出版社も書店も《まだまだ、とても、とても・・》という状況だった。

 そんな時期に、私は住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)から当時の大正海上火災保険(現・三井住友海上火災保険)に移った。公庫では、30年以上にわたって天下られてきたのに、今度はわが身自身が天下らされることになった。複雑な気分だったと言わねばならない。

 そんな経緯があったから、大正海上火災に移った時、何かそれなりの意味を見つけたかった。そこで浮かび上がったものの一つが、マンション管理だった。

 まず、マンション管理セミナーを開いた。具体化の段取りを一切合切こしらえた上での提案を会社が取り上げてくれた。よくぞ関心を向けてくれたと、今も感謝している。

 それはそれとして、まだこういうセミナーは少なかったから、都市部でも地方でもかなり参加者が多かった。普段あまり本やセミナーとか講演会に縁がないような人でも目に留まって気になるような現実的なタイトルで、プログラムを考えたのが的中したと思う。説明的で長ったらしいタイトルが多かったのも、それなりに工夫した結果だった。

 そんな内容のセミナーの開催告知の記事を住宅ローン関連原稿で付き合いのあった新聞に出してもらったこともあった。今と違って、この時代は新聞購読者が多かったから、効果は絶大だった。

 実を言うと、プログラムづくりの段階では、具体的なテーマを自分の言葉で語れる講師を選ぶのが大変だった。本で知った観念的な理屈ばかり並べるような人では、リアルな苦労を重ねてきた人たちを前にした説得力を期待できるわけがないと思ったからだ。

 しかし、それを気にしていると、「これぞ」という人がなかなか見つからなくなる。時間も予算も限られた中で実現を急ぎたい事情に困り果てて、結局、自分自身が講師として演壇に立つことが多くなっていった。でも、自分が講師になれば、自分の言葉で、自分の考えていることを語ることができる。

 骨は折れたが、充実感は確かにあった。

 こうして、自分が住むマンションで未経験の不安に耐えながら取り組んだ大規模修繕工事の経験が支えになって、マンション管理との長い関わりが始まった。

セミナーの会場に来た取材記者が言った「ホールの人がみんな暗い顔をしてますね」

 そうした経過でセミナーの情報を流してくれた新聞の中に、セミナーの開催そのものに興味を持ってくれた全国紙があった。マンション管理セミナーがまだ少なかったから、開催自体にニュースバリューがあったのかもしれない。8月のある土曜日、全国紙の記者がホールを訪ねてきた。東京の会場で300人ぐらいの参加者があったと思う。

 この日、私自身が1時間ほどの話をすませて控室に戻ると、取材に来た記者が待っていた。その記者は、セミナー開催の意図や開催までの経過、マンションの現状などをいろいろ聞いた後でこう言った。

 《ずいぶん参加者が来ていますが、会場の様子をみるとみんな一様に深刻な暗い顔をしている気がします。いったい、なぜなんですか?》

 正直、ちょっと驚いた。まさか、こんな質問をされるとは思っていなかったからだ。

 で、率直にこう答えた。

 《当たり前じゃないですか。自分のマンションで困った問題にぶつかって、どこに聞いたらいいかわからない人ばかりが、このホールに足を運んできたんですからね。》

 この取材結果が紙面に出たのかどうか、覚えていない。だが、このやり取りの記憶は30年が過ぎた今も鮮明である。

セミナーの終わった後ホールの入口で待っていた人の話を聞くと・・・

 でも、このときに限らずどのセミナーでも終わった後が大変だった。

 参加者がいなくなって静かになった会場の入口で待っている人にいろいろ聞かれることが何度もあったからだ。

 そういう形で会った人は、いつも初対面だから無理もないとは言うものの、訥々とした話の中身を聞くのが大変だった。何を聞きたいのかを確かめていくと、結局のところ「さきほどの話は、ウチのマンションの場合どう考えたらいいのかわからないので、そこを教えてください」ということになるのが、どこのセミナーでも共通していた。
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 こうした経験を重ねるたびにはっきりしてくる実感があった。それは、マンションの管理でぶつかった問題は、結局のところ自分の住むマンションに固有の条件を当てはめて答探しをするしか方法がないという点だ。

 だが、こうは言っても、実際問題となるとなかなか難しい。結局、最後は自分たち自身で結論を出すしかないのだが、決めるときの判断の手がかりになる情報の使い方にはいささかの急所があることだけは知っておく方がいい。今日は、お住まいのマンション向けの急所だけ話しておきますから、その後のことはまた機会を改めて聞いてください・・・。

 大体そんなことを話していくと、ほとんどの人はいくらか落ち着きを取り戻して帰っていった。

 そこから後は、いろいろだった。半分ぐらいの人はそこでおしまいになったが、さらに質問が続くこともあったし、次のセミナーにまたやってくる人もあった。手紙で20本以上の質問を送ってきた人もいた。
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 それからは、人の数だけ直面する問題が違うという実感を重ねる日々だった。自分自身が住むマンションで大規模修繕工事をすませて間もない時期だったから、こういう場合の「困り方」を聞くと放っておけぬまま何か語りかけずにはいられなかったというのが正直な実感だった。

 そのときから現在まで、マンション管理について関わりたいという気持ちを支え続けてきたのはこの実感があったからだ。住宅金融公庫の時代に取り組んできた「相談」という方法の意味の重さにまた気がついたのも、この実感がきっかけだった。

| muraitadao | コラム | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 29】自治体情報の情報ネットにコンビニや銭湯があってもマンションがないのはなぜ?

災害のニュースでハザードマップのことを解説する人はこの情報の届き方の実情を知っているのだろうか

 月が変わったが、暑さが日ごとに堪える。先月は猛暑や大雨に加えて、いつもと動き方が違う台風まで重なって大変だった。そんな一か月だったが、災害ニュースの中でハザードマップにふれたものが今も何となく気になっている。

 災害は地域ごとに地形や歴史など固有の状況に対応して起こるという意味で、完全に局地的なものだ。だが、その全体像は自分の狭い感覚ではとらえられない。だから、全体像がわかれば目前で起こっている不安な事態にどこかでつながることが確かめられる。

 天気予報がつねに全国の気象概況から始まって各地方ごとの天気に移り、それから都道府県別、さらに場合によってはエリアごとに細分化されていくほどリアルになって期待値に近づいていくことが、何よりもそれを物語っている。

 災害は誰にとっても「自分が今いる場所」を中心とした狭い事態として受け取られるのだが、それだけに眼前の事態がなぜ起こったのか、これからどうなるのかということが自分一人の感覚でとらえきれない心細さを伴う形で残る。

 でも災害に直面している自分の座標を確かめることができれば、そんな不安を減らせることになる。

 だから、そのことを確かめるための情報があれば、その意味の効果は小さくない。ハザードマップが現実的で有効情報になる理由は、そこにある。

 ・・・などと考えてきてふと気がついたのだが、自分の手もとにあるはずの肝心のハザードマップをどこにしまったか、どうしても思い出せない。

 マンションで数年前に管理会社から全戸に配布されたというはっきりした記憶があるのだが、そのときにどこへしまったのか・・・。

 このマンションで居住歴が長くて親しい人にも聞いてみたが、似たような感じで何となくはっきりしない。

 結局、市のサイトで最新のハザードマップで確かめて、少し落ち着いた。

 全戸配布のハザードマップのことを聞いた人は、わざわざ電話で市役所に聞いてくれたらしい。市役所では今年3月に全戸配布しましたと言っているらしいが、これも心当たりがない。

 いくら齢を重ねていても、この3月のことを思い出せないほどおぼつかない状態ではないから忘れてしまっているはずがないのだが。
                   ☆
 岡山や広島の豪雨災害を伝えるテレビで、専門家と称する人が「ハザードマップをよく見ておくといいですよね」などと話していたのを思い出した。だが、すぐそのあとのシーンで「ハザードマップを見たことがありますか?」と聞かれた被災者が「え?何ですって?ハザードマップなんて、そんなの知らない」と答えているのを見て、やはり・・・と思ったことも。

 こうした資料を作って配布する市役所や区役所の実情や配布資料を受け取る住民の複雑多様な状況を考えれば仕方がないのかもしれないが・・。

 それにしても・・などと脈絡もないことが浮かんでくるまま、また猛暑の夏の午後が過ぎた。

ネットで見るとどこの市や区でもそれなりの説明が出てくるのだが・・。ネットも見ない、新聞もとっていない人はどうするのだろう・・・

 わが身自身のあいまいさを自覚したのがきっかけで、自分の住む市のハザードマップはネットで何とか確かめることができた。

 探し物を見つけたような気分で一息ついたのだが、この機会によその市や区の様子を知りたくなり、いくつかの市や区のサイトをあたってみた。

 少し時間をかけてあちこちのサイトをみて、どこの自治体もハザードマップを含めた災害情報にはそれなりの方法で取り組んでいるらしいことがわかった。

 しかし、同時に、かねてから気になっている点が多くの自治体で共通しているらしいこともわかった。大ざっぱにあげてみると、こうなる。

.好泪曚覆匹鯀枋蠅靴織好織ぅ襪離咼献絅▲訃霾鵑多いのだが、パソコンもスマホも使わない人にはまったく使いようがない。

△修Δ靴真佑砲郎も紙ベースの情報しか手がない。ところが、その配布が新聞折り込みのチラシといっしょになっていると、新聞をとらない人には情報が届かない。

7覿鼻▲好泪曚發覆ぁ▲僖愁灰鵑皀瀬瓠⊃景垢發箸辰討い覆た佑自治体情報配布ネットの盲点になっている。これにはどこも手を焼いているらしい。

 まだいくつもあるのだが、ブログで論文まがいのことを並べても仕方がないからやめておく。

 だが、居住人口が市人口の2%近いマンションに住む一市民としては、上記のような自治体情報配布の苦労にはかなり共感することが多い。

ハザードマップもさりながら「住民向け情報」発信ネットにマンションを含めた再検討が欠かせない!マンション コミュニテイはお念仏にあらず!

 高齢化や非婚化によってどこでもこうした実情が生まれていることは、とてもよくわかる。管理組合が居住者向け情報を発信するときにも、似たような悩みがあるからだ。どういうことを、どういう方法で、どう伝えるかという難しさは全く同じだから。

 でも、マンションは集合住宅だから、物件の実情に対応したそれなりの方法がある。大小新旧の条件で住む人の属性がある程度まとまっているからだ。
                   ☆
 自治体がこの点に目を向けないのは、なぜなのだろう。今のような時代になって新聞を読まない人への情報配布方法に気づいた自治体は様々な場所に配布スポットを作っているが、その内容を見ると駅や郵便局、コンビニ、スーパーはもちろん書店や銭湯などもあって苦労のほどがしのばれる。

 それなのに、自治体の方ではマンションの場合をどの程度に考えているのかが、あまりよくわからない。中には「オートロックマンションの場合は、戸数分の部数を管理人の方にお渡しする場合もございます」などと断る自治体もたまにあるから、たぶん念頭にはあるのだろうが・・・。

 マンションがこれだけ増えてどこでも存在感が大きくなっているのに、何だかピンと来ない。

 ちょっと前に、マンションのコミュニケーションがどうだとかいう議論がかなり盛んだったことがあるが、こういう地域レベルの情報ネットでマンションの位置づけを考えていた人はどこにもいなかったのではあるまいか。

| muraitadao | コラム | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 28】日本で2番目に小さい市のマンションに住んできた一市民のコミュニテイ実感

この暑さの中で市長選挙。市長がセクハラさえしなければなかったはずの選挙って、いったい・・・

 天気を熟知しているはずの気象庁が、とうとう「災害」並みの認定を打ち出すほど異常な暑さ。その暑さの最中のこの前の日曜日に、市長選挙があった。

 都庁出身の市長がセクハラ批判で急にやめてしまったおかげで、予定外の選挙となった。セクハラなんかしていない・・・と抗弁したようだが、結局、やめる羽目になった。

 何だかあいまいで、事情がさっぱりわからないままの選挙だった。

 市長はやめるという意思表示を確かにしたが、政策上の問題があったということはなかったらしいから、セクハラという言葉だけがやたらに目立つ感じになった。

 わかりにくいことばかりの中ではっきりしていたのは「辞める」ということだけだった。しかし、本当に《辞める》時期はボーナス支給の時期に入ってから・・という話が新聞の地域面に出ていたとかいうことも聞いたが、実際はどうだったのか。一市民のこちらに肝心のことが何もわからないもやもやした不快感が残った。

 日本中で下から二番目に小さいという超ミニシティのローカル選挙だから、結果はすぐ出て、元副市長が当選とわかった。

 何となく着古した洋服にまた浮かない気持ちで袖を通すの似た感じがする。手間、暇、費用をかけて確かめた結果を見て「やれやれ、どうにも、これでは、この先も・・」という気分だった。
                   ☆
 そう言えば、財務省の偉い役人がセクハラで急に辞めたというニュースは、ついこの前だった。このニュースで辞めたのは次官だったという。旧大蔵省の次官がどれほど偉いかは、天下られた時代に余すところなく確かめさせてもらった。思い出したくもない記憶が今もありありと浮かび上がってくる。

 それに比べれば、今度、急に辞めたのはちっぽけな市の市長だ。都庁の役人だったそうだから、地味ながら実務的には手堅い仕事をしていたのだろうと思うが、正直なとろ、よくわからない。

常識のない人間が影響力のある地位につく不可解さが生まれる理由は「非常識欠陥の隠し上手」か「非常識を全く考えていない仕組み」か

 セクハラは「やってはならないこと」という意味で、人間として当たり前の常識である。財務省の次官とか市長でなくても、人間ならすべての人に当てはまる常識中の常識だ。こういう常識を「道徳」という言葉で語るのが好きな人も多いらしいが、それは棚に上げておこう。

 いずれにせよ、そんなわかりきったことが問題になったという事情だけがはっきりしていて、何か政策上の問題があったのかどうかは全く分からないままの選挙だった。なけなしの費用と汗だくのエネルギーを投じた選挙の意味は、今もってさっぱりわからない。

 そんな選挙をやったのは、いったいなぜだったのか。

 大人なら誰でも心得ている常識があるかないかは、表から見ただけではわからないことが多いから、今度のことは予想外で意表をつくように起こったことが、まず一つの理由だろう。まさかあの人があんなことをやるとは・・・、まさかあれほど優秀な人があんなことをするはずがない・・・と、誰もが思ったに違いないし・・。

 この予想外の感じは、財務省次官の場合も市長の場合も変わらない。

 セクハラ、セクハラでやたらにニュースが流れる理由の一つは、たぶん、このまさかにあるだろう。「まさか」の意外性がテレビの視聴率を上げ、週刊誌の売れ行きを伸ばすわけだから。

 では、セクハラのニュースに「意外性」が生まれるのはなぜか。

 簡単に言えば、《あり得ないと思っていたことが実際に起こった》という驚きがあるからだ。そして、それは《あり得ない》と思ってきたこれまでの考え方が大きく揺らぐからだと気がつく。

 財務省の次官なんて偉い人がまさかそんなことを・・といくら思っても、やはりホントにやっていたと見えて、やめてしまった。市長なんてちょっと違う人が、あんな・・・、といくらいぶかっも、やはりはやめてしまった。

 結局、ああいう人は隠し方がうまいんだね、というのがオチだろう。それとも、そんなことはまるで考えていない仕組みのせいだろうか。

 そう言えば「セクハラ罪という罪はないじゃないか」という、もっと偉い人が語った話もニュースで見たな・・。

 わからないことばかりだが、一つだけはっきりしたのは「信用がなくなる」というのはまさにこういう成り行きで生まれるという点だった。聞いたこと、見たことを素直に受け取らず「ホントにそうなのか?」という疑わしさに時間をかけるという形で信用の薄らぎが進んでいく場面を、いま目撃しているのだろうか。

世の中のことはマンションでも必ず起こる。そうであれば、マンションの 生活次元の論議でも・・・

 もう30年ぐらい言い続けてきたことがある。

 生活インフラを共有するマンションでは、世の中で起こることが、すべてそのまま起こる。いいことも悪いことも、嬉しいことも悲しいことも、安心なことも怖いことも。

 選挙のたびに政治の姿に向ける信頼性がますます薄くなってきた、この感想はマンション管理の実情にも決して無縁ではあるまい。

 マンションの コミュニケーションがどうだとかいう議論も、こうした信頼度の薄らぎ方が必ず影響するはずではないか。
                   ☆
 ここまで考えてきた日に、日経朝刊の経済教室で《タワーマンションの未来》というテーマが始まったのを知った。

 今日は、まず平山洋介さんの見解をじっくり読んだ。いくつもの感想があるが、それは、このテーマの見解をあと2回分を読んだ上で、次回のブログに書きたい。

| muraitadao | コラム | 21:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 27】大規模修繕工事のレポートを読んで感じた今さらながらの安堵感、もどかしさ・・・

大規模修繕工事の実情レポートを読んで「やれやれ、今もやっぱり・・・」と感じたら失礼だろうか、それとも・・・

 何十年もの間に、マンション管理の分野でいろいろな縁が生まれた。セミナーや講演会で会った人はもちろん、遠い昔に住宅評論分野で書いたり話したりしていたころの縁が今も続いているようなケースもある。様々な委員会や審議会で一緒になってその専門領域をこちらが頼りにしているうちに、逆に力を貸してくれと言われたのがきっかけで長いお付き合いになった人もある。

 そんな人のひとりが、田辺邦男氏だった。田辺さんは大学の先生というイメージではなく、現場を熟知している専門家という意味で貴重な存在感があった。

 田辺さんはマンションリフォーム技術協会の会長だったから、この協会からは今もmartaという名前の会報が届く。

 7月上旬のある日に送られてきたmartaの第28号にマンション大規模修繕工事のレポートが出ていた。

 ちょうど昨年の今ごろ、3回目の大規模修繕工事の真っ最中だったことを思い出しながら読んだせいもあっていろいろな感想がわいてきた。

大規模修繕工事の主役は管理組合なのに当の管理組合自身の立場で大規模修繕工事にふれたレポートは今でも相変わらず少ない

 大規模修繕工事のレポートというだけなら、正直な話そんなに珍しくはない。大規模修繕工事はこういう時に始まって、こう進んで・・という話なら、いくらでもある。しかし、ここで紹介しようとしているレポートは管理組合のことから始まっていることが目をひいた。

 ・・と書いてきたのだが、気持の片隅ではわざわざこんなことを書くのは何だか奇妙でおかしいのではないかという気もする。

 そうではないか。

 もともと大規模修繕工事の主役は管理組合なのだから、当事者の立場で管理組合のことが述べられるのはまったく当たり前で、何の不思議もない。

 それなのに、管理組合が当事者となる前提で大規模修繕工事を語る例は、今でもそう多くない。

 だから、目をひくことになる。

 奇妙で不思議なことだが、こうなるだけの理由がないではない。当の管理組合にこうしたレポートの書き手が少ないという事情がその理由の最たるものだ。

 関連する業界の関係者にとっても、この難しさはそんなに変わらないようだ。本来の仕事と同じレベルでいつもと同じ感覚で「書く」のはあまり気が進まないという人が多いし、そうでなくても「書く」となればけっこう気が張って厄介だということもあるだろう。

 大規模修繕工事はある意味で「物事の決定」の連続だが、それは個々の段階ごとの意思決定場面で利害関係者の存在が無視できない場合が多いからだ。

 そう考えると、こうしたレポートで管理組合にふれた例がやはり珍しいことがはっきりする。

管理組合自身の立場のレポートが少ないからいまだに大規模修繕工事関連の有効情報が不足する

 大規模修繕工事はどういう段階で始まってどう進むかという手順や展開の解説情報は、けっこう多い。そういう内容の本はたくさんあるし、セミナーなどのテーマにも定番的に取り上げられる。かく言う私自身がそんな本や解説をたくさん書いてきたし、セミナーや講座でもさんざん話してきた。

 しかし、それは、みんな《これから実行する》段階にある人たちを対象とした実行前のガイダンスであって、実行段階の話ではない。

 理詰めに言えば《こうあるべきだ》という話も、やってみれば実情はかなり違うということが多いはずだ。大規模修繕工事は長期間で取り組む「マンションまるごと」の事業だし、大抵の場合、取り組む管理組合は未経験だから、実行段階で事前に予想していなかったことが起こりやすい。

 だから、管理組合にとって大規模修繕工事は手をつけたあと予想通りに進むかどうかの説明が、実は最大の急所にもなる。

 その意味で、大規模修繕工事は、いつ、どういう状態の時に始まり、どんな経過を経て、どういう状態で終わるかという時間幅を前提とした説明こそ望まれるわけだ。大規模修繕工事にはある期間にわたるストーリー展開に似た様相もあるのだ。

 「どういう状態の時に始まってどんな状態の時に終わるのか」というリアルな条件で、大規模修繕工事は実情が変わる。同じマンションであっても、その都度、全く違う。工事期間自体が一年足らずとか半年であっても、実際には何月から何月までの何か月間なのかで進み方がまるで違う。年度をまたぐ場合などでは予算の組み方に直接の関係が生まれるし、理事会の顔ぶれにしても変わっている可能性がある。

 結局のところ、管理組合にとって有効な大規模修繕工事の説明は《やる前の説明》もさることながら《やってみた後の説明》も大きな意味を持っているのだ。

管理組合自身による当事者経験がもっと語られるべきではないか:苦労した管理組合ほど語るべきことが多いのだから

 「やってみたらどうなったか」ということは「やってみた人」にしか語れない。

 それは大規模修繕工事でも同じだ。

 その意味で、大規模修繕工事を経験した管理組合ほど語るべきことが多いはずである。「聞いていたこと」と「やってみてわかったこと」は全く同じだったのか、どうか。法律や仕組みの建前は実際と全く食い違いがなかったのか。法律や技術の専門家から聞いたことがないような問題で苦労したことはなかったのか。

 「やってみてわかったこと」は、すべて「聞いていたこと」と同じだったのか。

 実際にやってみた大規模修繕工事の実感はどうだったのか。
                   ☆
 そろそろ、こうしたことを当の管理組合自身が語るべき時期が来ていると思う。やってみてわかったことの多さを知った管理組合が未経験の管理組合に向けて発信できる有効情報は、とても多いはずだ。                           ☆
 大規模修繕工事を経験した管理組合は、かつて自分たち自身が大規模修繕工事実行前に感じていた未経験段階の不安を思い起こしてもいいのではあるまいか。

| muraitadao | コラム | 05:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 26】「相談」という名の情報が理解されていない不安はマンションでも例外ではない?

「相談」の本質は情報。道に迷った人に「行先を教える」程度の軽いイメージで考えるとこの言葉の重さが見えなくなる

 政治家や官僚が何かに対応しようとすると、その構想のどこかに必ず「相談」という言葉が出てくる。

 「相談」という言葉は、ほとんど説明抜きで使われることが普通だ。何しろ相談に乗れる人間さえ揃えれば、そんなに予算や費用をかけなくても対応できるのだから、どんなことに対応するときも簡単に具体化できる。

 「相談」は実現しやすくて誰にもわかりやすいところに最大のメリットがある。

 「相談」がそれほど何かにつけて当てにされるのは、「相談」に即効性のある情報提供という意味があるからだ。目前の問題にすぐ答えられるという期待がスピーディで有効な情報としての価値を生むのであって、「すぐわかる」情報として役立たなかったら「相談」はたちまち出番を失うことになる。

 こういう事情があるから、現場を熟知していることが前提になる「相談」は、エリートにはとても務まらない。理屈通りに進まない現実があるからこそ「相談」が頼りにされるのだ。

 こう考えると、「相談」という言葉の意味の見え方が前提次第でかなり違ってくることになる。

 ふつう「相談」は「わからない人に教えてあげる」という程度の単純きわまるイメージで使われることが多い。難しいことがあったら「わかっている人」に聞けばいいというのが「相談」なのだから。

 そんなイメージは行政の仕組みでも変わらないように見える。「相談」という言葉は「よく知っている人が必ずどこかにいるはずだ」という考え方が説明不要の感じで前提となっているわけだ。行政の仕組みや法律を考えると、そこがよくわかる。

 「マンション管理士」について定義したマンション管理適正化法の「・・・管理組合・・・等の相談に応じ」という言い方などもその典型例だろう。

 そうなれば、「相談」という言葉の意味をわざわざ改めて考えてみたりすることもない。なんでまた、そんなわかりきったことを・・ということになる。

「相談」という言葉では手に負えない重さのあることも・・。「相談」で見つからない答えをどこで探せばいいのか?

 でも、これは「相談」が《教える》という何でもない軽い意味に使われている場合のことだ。《聞かれたこと》がそんなに軽くなかったら、《教える》とか《答える》ことは途端に重みを増して手に負えなくなってくる。

 法律相談とか結婚相談などという言葉の存在が、その証拠ではないか。

 「相談」が無造作な軽い意味でやり取りされるのは、《聞かれること》も《教えること》も難しさのない軽い話だけに限られるのだ。

 こう考えていくと、手のつけようがないほど難しくはないが、確かめるのも面倒くさくいので聞いた方が手っ取り早いようなことほど、実は相談向きなのだということがわかってくる。一見して難しそうに見えても、それをいとわず答えの見つけ方を心得ている人があまり相談したりしないことを考えるとそこがよくわかる。

 あらためて確信するのだが、何となく無造作に使われる「相談」という言葉は《答えの見つからない問題などないはずだ》という考え方を前提としていると実感する。

 《どうしたらいいかわからなくて途方に暮れる難しい問題にぶつかっても、必ずその答えはどこかに存在している》ということになるわけだ。

 何と楽天的で自信過剰な、何と能天気な・・・。
                   ☆
 60年以上も昔、現在もまだ続く住宅と関わりのある人生をスタートしたのは、発足してやっと5年目の住宅金融公庫だった。そのとき何でも屋の感じで担当させられた仕事の一つに、相談への対応があった。

 「もはや戦後ではない」とこの頃どこかの偉い人が言っているらしいことは承知していたが、住宅に関する限り、まだまだ不足という圧倒的な言葉の生々しさの方が切実だった。相談にやってきた目の前の人と向かい合う自分とのやり取りがほとんど同じ言葉でできたのだから、ある意味で、相談者と相談対応担当者との感覚は同じだったといえる。

 このとき、「相談」という言葉を使う場面で「答えが見つからない問題がどれほど多いか」という苦しさを思い知った。どう答えればいいか見当がつかなくて「相談」という言葉を気軽に使えなくなったのは、その実感があったからである。

 そのとき以来、この経験が「相談」という言葉では答えが見つからない問題がどれほど多いかという感覚がこの言葉の使い方を用心深くさせてきた。

マンション管理では答えが見つからない問題が増え続けていることを忘れると「相談」は途端に現実離れする!

 この実感は、住宅について書いたり話したりする時にもう無意識のうちに習性化している。本やセミナーの話などでは答えが見つからないという状況の人ほど、ほかとは違う状況に直面している。だから、答えもその状況に中にあるはずだ。となれば、まず持ち込まれた問題に固有の状況をできる限り確かめなければならない。

 マンションをめぐる相談では、この実感がとりわけ強い。だから、相談者の住むところは、どこの、どんなマンションなのか、そのマンションに住んでいるのか、これから買うのか、もう住んでいるなら居住歴はどのくらいかなどということを、いちいち確かめる。そうしたことを確かめていくうちに、相手の方も《いま自分が答えを探している問題は何なのか》を再確認することになる。

 この過程に時間をかけながら問答を重ねていくうちに本当の答えは相談者自身が当事者として探すしかないことに気づくこともある。
                   ☆
 相談という言葉の奥行きの深さが、こういうときによくわかる。それは、相談に来た人だけがわかるのではなくて、相談に乗ろうとしているこちらにもまったく同じ感じのわかり方なのだ。相談は聞く方と答える方の共同作業とも言えるだろう。

 この実感は、現場感覚と裏表である。マンションの場合も、まったく同じだ。

 法律ではなくて、その法律の言葉を自分の口で語れる人間の感覚で決まる。その感覚は、自分のマンションで顔と名前の一致する人の数が多いほど確かになる。

| muraitadao | コラム | 04:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 26】マンションの管理を考え続けながら新聞とテレビにつきあってきた歳月の実感

自治会には入らないと豪語していた記者は言った。「そんなのに入って何のメリットがあるの」と

 先月読んだ「新聞社崩壊」(畑尾一知著/新潮社発行/2018年2月刊)という新書で次のような一節を目にした。今さら驚きもしなかったが、じわじわと浮かんできた嫌な感じがいつまでも頭の後ろ側にこびりついて離れず、さっぱりしない。

 気になるその部分には、こう書かれている。

《・・・筆者の知るある記者は、地域の自治会には絶対に入らないと豪語していた。「そんなのに入って何のメリットがあるの」と歯牙にもかけない風である。・・・》

 この後には次のような記述が続く。

《さらに「老人ホームで嫌われるのは、元記者と元学者」ということも聞いたことがある。理由は、似たようなものだろう。》

 これ以上の引用は、やめる。あえて一部分を引用するのは、マンションに住んでメディアのことを長年ずっと考え続けてきた実感に通じるところがあるからだ。 
                   ☆
 今も住んでいるマンションが竣工したのは、「広辞苑」が「マンション」という言葉をやっと掲載してから5年が過ぎたばかりのころだった。それも《(邸宅の意) ホテル風の高級アパートの称。》という珍妙無類の説明だった時代である。マンションはまだまだ新しい存在だった。

 そんな新しさに目を向けた新聞社や放送局の人たちが、このマンションには何人も住んでいた。親しくなって訪問しあった機会のある人もいた。

 でも、そうしたメディア系の人のほとんどは、管理組合なんて・・・という感じだった。ごくわずかな人が順番制の当番年に管理組合の役目を引き受けてくれることもあったが、普通そんなことは滅多になかった。

 冒頭に引用した個所は、そんなことをあらためて思い出させたのだ。

取材を受ける都度それとなく気をつける習慣ができた。取材で正確に説明しないとどんな記事を書かれるかわからないことが多かったから

 40年以上も住んできたから、取材に応じた経験もたびたびだった。

 その経験を通じて、《取材する当の記者本人が実は自分の取材している問題についてあまりよく知らないらしい》ことがわかってきた。取材される立場には《いま聞かれていること》についての聞き方や言葉遣いで、眼前の取材記者がその問題をどのくらい理解しているかが自然とわかってくることがよくわかった。

 ただし、取材のテーマはいつも違っていた。40年ぐらい前までは住宅不足→住宅資金→住宅イメージといった大まかなところだったが、マンションが公的融資対象となった1970年代に入ると取材されることが一変した。

 この時期は、いつのまにか「住宅評論家」という名をつけられてしまった時代でもあった。取材のテーマは金利の仕組み→住宅と将来計画→住宅入手計画となり、このプロセスに「マンションか、一戸建て住宅か」「新築か中古か」という選択肢の考え方がいつも重なっていった。
                   ☆
 マンションと縁ができる20年近く前の1955年(昭和30年)に、私は住宅金融公庫で住宅と関わる歳月をスタートした。住宅ローンという言葉が生まれたのはそれからずいぶん後だったが、リクルートの「週刊 住宅情報」の登場など住宅ジャーナリズムの勃興期でもあったから、新聞や雑誌、テレビなどの取材が年を追って多くなっていった。

 反対に、このころ全盛期だった霞が関の天下り役人たちがメデイアの取材をひどく嫌がって逃げ回り、いつも取材対応を押しつけてきたという事情もあった。

 そんな状況で取材の相手を務めて続けているうちに、いくつかのことに気づいた。

たまにマンションのことを思い出しながら書かれた記事でも間違いがあると影響は小さくない。不正確な情報は存在自体が害となる

 それは、マンションを含む住宅については、専門社でない限り、どの新聞社でも放送局でも継続して担当する部門がないことだった。企業レベルの視点で考えれば仕方のないことだったかもしれないと今では思うが、当時は、いつも飽き足りなさを我慢する方が多かった。

 いずれにせよ、名刺で記者の所属先を見ても全国紙ではいつも家庭部とか生活部、せいぜい文化部などが普通だった。

 昭和50年代に入ってアメリカの経済政策に触発された福田内閣が、住宅融資テコ入れによる内需拡大を経済政策の柱とし始めた時代を迎えた時てさえも、一般紙誌で住宅を専門的に取り組む記者はいなかった。「マイホーム」という言葉が流行語まがいにもてはやされた時代だったが・・・。

 わずかな例外の一人が、当時、読売新聞にいた本吉庸浩さんだった。のちに日本不動産ジャーナリスト会議の2代目・代表幹事になった本吉さんに誘われて日本不動産ジャーナリスト会議に入ったのが、いま思えばこのブログの遠景になっている。
                   ☆
 それはさておき、そんな経験を重ねながら気づいたのは、取材に来た記者の質問を聞くたびに、いつも住宅について肝心のことがあまりわかっていない印象が強かった点だ。正直に言えば住宅については素人だと気づいても相手のプライドに気を使いながら、説明するときの言葉の意味をそれとなくきちんと解らせる用心深さがいつのまにか取材時の心得として習慣化するようになった。

 そうでないと、後から記事を読んで《え?こんなことを・・》と気がついて驚くことが何度もあったからである。

 30年近く前に社会問題化していた住宅ローン返済破たんの取材に来たある全国放送局の記者から、開口一番「住宅ローンを返せなくて首をくくった人の話をご存じだったら、ぜひ聞きたいんですが…」といきなり切り出されて肝をつぶした時の経験が発端だった。

 マンション管理適正化法ができた直後のちょっとしたマンション管理ブームだったころ、ある人気テレビ番組のキー局が当時マンション管理センターにいた私に電話で「大規模修繕工事のことをざっと簡単に聞かせてください」と言ってきたことがある。あまりにもあっけらかんとした能天気で無造作な質問に呆れ果てて「そんなこと電話で簡単に話せるわけないでしょ?時間のある時にこちらへいらっしゃい」と答えた。

 その後、この局からは音沙汰なしでこの企画はいったいどうなったのかと思っていたら、間もなくその人気番組のウソやねつ造が問題となり、とうとう番組そのものが打ち切りになってしまった。

 こんな経験を重ねてきてわかったことは、専門社を除くと、大半の新聞やテレビでは「住宅そのものをトータルな視点で継続して取り組む組織がない」ために住宅に向ける関心がいつも大ざっぱで、せいぜい風物詩レベルの軽いものになってしまっているという実感だった。情報発信者の問題意識も認識レベルも素人並みだったのだから、マンションのこととなれば、言わずもがなである。

 そうしたもどかしい実感が多かったため、いつの時期からか、取材に対応するときは、まず開口一番[あなたはどんなところにお住まいなんですか?一戸建て?それともマンション?]と聞いてから話を始めることが多くなった気がする。

 とはいえ、相手のプライドは考えなければならない。そこに気をつけて話さないと自分の思い込みで書かれる記事がどんなものになるかわからない。

 大抵の場合、取材記者がマンションに向ける関心は、新築マンションがどのくらい売れたかという市況中心の流通面に限られがちだった。管理などとなれば、もうまるで違う。

 「マンションは管理を買え」などという出どころも意味もあいまいで怪しげな言葉だけは知っているが、その管理の実情を承知している人はめったにいない。長寿命のマンションが時間の経過によってどう変貌していくかという管理の基本認識がマンションの居住性理解の鍵になることをそれとなく気づかせながら、具体的な管理組合の実情をめぐる話を進めていく展開になるのが普通だった。
                   ☆
 こうなると、マンションの管理には特有の語りにくさと書きにくさが生まれることになる。背景には、記事を書く方にも読む方にも共通するマンション管理への関心の薄さがあったことは否定できない。さらに、その奥に、一戸建て感覚でマンションに住むという居住感覚のギャップがあるという疑問が浮かび上がってくる。
                   ☆
 冒頭に書いたような「そんなのに入って何のメリットがあるの」という記者の言葉から浮かび上がる風景の実感は、今もなお荒涼としたままだ。

| muraitadao | コラム | 11:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 25】「専有部分」は「共用部分」のオマケではないが、いま管理組合の視野に十分な位置を占めているのだろうか

マンション管理の仕組みで共用部分と専有部分が常にセットになっている理由は何か

 マンションが長寿命の建物であることぐらいは、誰でも知っている。だから、どんなマンションも壊される日が来るまで、何十年過ぎようと建てられた場所に劣化を重ねながら黙々と建ち続ける。

 長い年数に渡ってマンションがどういう経過をたどるのかも、およそのことなら今ではみんな知っている。10年経ったら、どこの様子がどう変わり、20年目でどんな変化が起こり、30年目には・・・といったことも、大抵の人がおよそのことを承知している。

 だから、マンション維持管理の中心となる建物劣化の予測の必要性は大抵の人の納得を得られることになる。長期修繕計画とか修繕積立金、一定期間ごとの大規模修繕工事なども、すべてこうした考え方が前提になっている。この考え方はマンション管理の中心的な位置を占めてきたし、その具体的な実現は管理組合の存在によって支えられる。

 今までもそうだったし、これからもそうだ。
                   ☆
 でも、この発想を管理組合の実情に照らし合わせると、何か足りないところがあるのではないか。

 それは、この考え方では感覚的なイメージが共用部分中心になっていて、専有部分については実感から考えてあまり明確に想定されていないように感じられるからだ。

 わかりきったことだが、分譲マンションのスペースは共用部分だけではない。すべての人は専有部分を買って区分所有者になる。共用部分は確かに存在するが、それはまず[専有部分がある]からだ。多額の金を投じて買う専有部分があるからこそ、商品としての分譲マンションが成り立ち、その中に「専有部分ではないところが共用部分」という名前で生まれるのだ。

でも共用部分と専有部分は持ち方の区別でしかない。建物の一体性という共通の基本条件を考えると切り離しようがないのだから

 だが、専有部分はそれだけで存在できるものではない。専有部分はそれ自体で単独に成り立つものではなく、一つの建物の中でつねに共用部分とつながって切り離せない形で存在しているからだ。

 専有部分とか共用部分という区別は「持ち主が誰か」という点からだけでとらえた権利的な区分に過ぎない。この区分以前の段階で、まず同一建物スペース利用の当事者としての共通関係が専有部分と共用部分の間にあるのだ。

 維持管理について、専有部分は区分所有者の個人レベルで、共用部分は管理組合の組織レベルで、それぞれに進めるという役割分担的な考え方もこうした状況が前提になっている。

 背景には、同じマンション全体の維持管理という役割分担に先立つ共通条件がある。各戸玄関ドアの内側の個人レベルの管理も、玄関エントランスやエレベーターなどを手がける組織レベルの管理と裏表になって支えあうからこそ、マンションの住みよさが確保されるのだ。

 いちいち言うこともないが、この考え方がマンション管理の仕組みの根っこにあるはずだ。共用部分あっての専有部分と、専有部分あっての共用部分とが一体の建物の中に共存するという考え方が管理組合という組織の存在理由となっている。

 ・・・などということを、今さら大まじめに並べたてることはない。今どき、そんなことは誰だって百も承知のはずだから。
                   ☆
 そう思ってきたのだが、あれっ・・・と思うことが時々ある。

 管理組合は自分の住戸の価値保全だけ考えていればいい、共用部分のことはすべて管理会社に任せておけばいいんだから・・などとこの前から見かけるようになった人がいるのを知ってやれやれと思ったからだ。

でも、共用部分が大事だといくら力説しても具体的にどこまで説明できるのか。管理規約末尾の別表第2だけで本当に大丈夫?

 昔から、そういうタイプの人は、いつも、いた。だが、時々だった。

 この頃は、違う。何しろ、週刊朝日までが、巻頭特集に堂々と「マンション富豪になる」などと見出しをつける時代なのだから。

 こうなると、マンションには専有部分と共用部分がある、などという理屈は棚に上げて、自分の住むマンションのどこととどこが共用部分なのかというリアルな事実確認を多くの人が具体的に確かめてみる必要性がかつてないほど大きいのではないか。

 たぶん大抵の人は、いざとなるとあやふやだろう。

 そう断言できる理由がある。

 管理規約に出てくる共用部分が実にあいまいで、具体的な手掛かりにはほど遠い書き方になっているからだ。

 このもどかしさをさかのぼって考えていくと、標準管理規約の大まかな定め方が浮かび上がってくる。

 標準管理規約(単棟型)の定め方を見ると、そこが、よくわかる。

 まず第8条に(共用部分の範囲)についての1行があり、それに対応するものが末尾の別表第2「共用部分の範囲」として示されている。別表とあるが、表ではない。単なる言葉の列記であって、「1 エントランスホール、廊下・・・/2 エレベーター設備、電気設備、給水設備・・・/3 管理事務室,管理用倉庫、清掃員控室・・」などが並んでいるだけだ。

 これ以外には、何もない。
                   ☆
 私のマンションの管理規約も似たような形になっているから、11階建て4棟600戸という大規模マンションで具体的な共用部分がどことどこなのかという点が管理規約では今もわからない。
                   ☆
 共用部分が具体的にどこをさすのかについての管理規約の見直しや議論があいまいなまま、もう何十年もにわたって放置され続けているような気がしてならない。

 共用部分は専有部分のオマケではないのだから。

| muraitadao | コラム | 12:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
【44年の実感で「マンションの管理」を考える 24】「高齢者」。誰もが使うこの言葉、本当の意味はちゃんとわかっているのか

65歳以上なら誰でもみんなひとくくりに「高齢者」だが・・・

 同じマンションに竣工した時から住んでいる人は、ほかにも少なからずいる。建物が経過してから40年あまりの歳月は、その人たちにも様々な変貌をもたらした。

 あと4か月で87歳になる私と似たような人生経験を重ねてきた人の場合は、長年の間に自然と顔見知りになった人たちが多い。時たま、そんな人たちに玄関で出会ったり、マンション前のバス停で一緒になったり、時としては病院の待合室で顔を合わせたりすることもある。

 何度も関わってきた大規模修繕工事で何かと気さくに教えてくれた人も結構いて、こちらの方にはマンションの老人会でいつも顔を合わせる。

 管理組合が取り寄せている市の住民基本台帳人口統計によると、いま600戸の居住者1200人余りのうち、65歳以上の人の比率は4割を超える。内訳を見ると、74歳以下の前期高齢者が全居住者の2割。ついでいうと、最高年齢は男性が98歳、女性は103歳。

 65歳という年齢で「高齢者」を考える限り、さまざまに人間像の異なる状況がマンションで展開していることになる。考え方や話し方の違いから始まって、生活感覚も経済事情も人の数だけ違う状態を確かめる機会がないまま同じ生活条件を共有しながら暮らしているともいえる。


でも「高齢者」って実は複雑。高齢になるまでの歳月がまったく違うのだから・・・

 だが、正直に言うと、「高齢者」の実像は到底こんな言い方でおさまるほど簡単ではない。65歳という年齢だけで区切ってしまう「高齢者」の考え方では、年齢以外の側面が何ひとつわからないからだ。

 事実、国語辞典などで「高齢者」をどう説明しているかを確かめると、かなり用心した書き方になっている。例えば、最近で出たばかりの「広辞苑」第7版は《年齢の高い人。WHOの定義では65歳以上の者。老人とは異なり、年齢のみに着目した呼称》というだけの説明だ。

 うーん、確かにそうだけれど、何だか、これじゃねぇ・・という感じがする。いつもテレビのニュースで見かける政治家にギャングスタイルでさも、これ見よがしの若作りの人物がいるが、あれで、実はもう喜寿だったっけ・・・などと余計な連想まで浮かんでくる。

 ま、どうでもいいけど。
                   ☆
 いずれにしても、いま使われている意味での「高齢者」という言葉でわかることは《その人が生きてきた歳月が65年になる》ということだけでしかない。数字の意味だけが中心の説明だから、それまでの年数の間、どこで、どう過ごしてきたかという、その人固有の事情は本当に何も分からない。その分からなさは、今は「個人情報」というベールに覆われているから、昔よりも徹底しているような気もする。

 実感でいうと、いま目の前にいる高齢者でわかることは、古い付き合いの人でない限り、住戸番号と名前ぐらいしかない。同じマンションに住む人間同士なのだから、もっとよくお互いに知り合おうよ・・・と思うのだが、実際にはそう簡単ではない。こちらでいくらそう考えても、向こうがそう考えるとは限らないからだ。

 もしかすると、この感じは年齢の差を超えて多くの人に当てはまりそうな傾向だから、高齢者に限ったことではないかもしれない。

 そうだとすると、お互いにわかっていることが名前ぐらいしかない状態はマンションのような超近接居住構造の場所では、やはり何かにつけて気になる。場合によっては「気になる」程度を超える不安が生まれることだってあるだろう。
                   ☆
 高齢者の場合、いま目の前に見えているのは、実は高齢になるまでの間に過ごしてきた歳月の結果が語る表面上の様相だけである。少し話してみて、何となく言葉の端々に独特の感じが浮かんでくるので遠慮気味に聞いてみると、現役時代はどこだかの先生だったとか、○○銀行だったとかいうことがわかって、あ、なるほどね・・と得心がいくことも多い。そうなれば、こちらもそれなりに今までよりちょっとあけすけな話をする展開にもなる。

 しかし、そうならないことも、実は結構、多い。とりわけ高齢者の場合は現役時代に染みついた習性があるから、できる限り不要な接触を避けたいという感じが浮かぶ人もいる。何を言われようと黙ったままで、いわゆる「上から目線」的な取っ付きにくい感じが漂う人も少なくはない。
                  ☆
 私のマンションは古いから、エレベーターンの速度がとても遅い。住んでいる11階から1階に着くまで50秒ぐらいかかる。1分足らずの短い時間だが、途中から乗ってきた人と狭い空間の中で押し黙ったままの状態は気詰まりで嫌なので、できるだけ言葉をかけるようにしている。「今朝は寒かったねぇ」とか、どうでもいいようなことばかりなのだが、大抵の人は何か言葉を返してくれるから、それがきっかけで次に会った時には今までより自然な会話ができるようになる。

 ところが、高齢者では、ここが違う。ムスッと黙ったまま黙殺状態の人もいる。

 高齢者特有の個人差が、こういう形で生まれる。

 高齢者の実像は、その人が64歳までに過ごしてきた歳月が今の姿に凝縮されていて、その大部分はちょっと見ただけではなかなか表からは見えにくいのだ。

 でも、考えてみれば当たり前だろう。性格や環境など持って生まれた違いに重なった長年の生き方を、そんな簡単に語り尽せるものではないのだから。《どこで生まれて、どこで何をしてきたのか》という長い年月の物語を誰かに語るには、多くの言葉と長い時間が要るのだから。


「65歳以上らしい」ことだけで何もわからない人が壁を隔てた近くにいる状態のマンションでは・・

 超至近距離で生活条件を共有するマンションでは、共有関係に問題なく相互の住みよさを確保するために管理組合組織が必要になる。

 だが、《区分所有者という権利の持ち主団体》という点だけに注目するのではなくて、《自分の持つマンションに住む生活者の団体》という視点が絶対的に必要となる。

 だが、組織の実際はメンバー次第で決まる。管理組合という組織の実像がマンションごとの居住実態で決まらざるをえない事情がこうして生まれる。

 どんなマンションの管理組合でも、住む人たちの個人差の集積によって物件ごとに固有の居住実感の差が生まれ、それが管理組合の空気を決める。
                   ☆
 高齢化社会などという言葉を誰も思い浮かべなかった時代にできたマンションのイメージ、管理組合の組織像、マンション管理の基本原則が今なお続いていることを考えると、もうそろそろこの点に気づくべきではないのかを痛感する。

 高齢者、高齢者という割には、肝心のことが織り込まれていないままの仕組みに再点検の時期が来ているではないか。

 44年住み続けてきたマンションで、建物と同じ齢を重ねてきた実感がそう思わせる。

| muraitadao | コラム | 09:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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