村井忠夫のマンション管理ブログ

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【語り尽くされていないこと、見逃されていること51:教育勅語】言葉だけのつまみ食い解釈でわかった顔をするとは笑わせる

「教育勅語」を訳知り顔で議論する人はあれが生きていた時代に思い及ばぬ鈍感さに気がつかない?

 バカバカしい。苦々しい。くだらない。あほらしい。片腹痛い。「教育勅語」がどうだとかこうだとかいう議論が・・・。

 「教育勅語」が、実は中身の意味などまるでお構いなしのやたらに難しい言葉の塊の押しつけだったことに気がつかないのか。

 「教育勅語」が生きていた時代に教育された小学生から見れば、あれは何だか、まるで中身のわからないチンプンカンプンの代物だったのだ。紫色の布に包まれた巻物のような正体不明のモノがのっている黒塗りのお盆を恭しく捧げ持った校長先生が、目の前を通る時ひたすら頭を下げていなければ、いつもひどく叱られた。そんな代物をしまってある別棟のお宮のような小さな建物が「奉安殿」だった。その前を通る時も、必ず頭を下げなければならなかったな・・・。

 中学生になったら、今度は「軍人勅諭」。それに「戦陣訓」。どれもめちゃくちゃに棒暗記させられたから、意味などそっちのけで、ただもうお経と同じ代物だった。

 奇妙な成り行きでよみがえってきた思い出したくもない記憶は、嫌が応もなく名ばかりの授業と並んでいた「軍事教練」や「工場動員」を連想させる。
                   ☆
 「教育勅語」がどんな意味の代物だったのか正体がわかったのは、すべて戦争が終わってからだった。すべて、後で知ったことだった。
                   ☆
 こんな代物でも有無を言わせぬ意図で重くのしかかったのは、そういう時代だったからだ。言葉はそれが使われた時代の空気の中でこそ本当の意味を持つという肝心なことにまるで気がつかないまま、《憲法とか教育基本法に照らし合わせて》どうだとかこうだとかいう議論がさも重大な意味ありげに伝えられる。

 ちゃんちゃらおかしい。まともなレベルの大人の話ではない。

時代の視点を忘れると目的と手段がすり替わって言葉だけの空疎な手続論になってしまう

 そもそも「教育勅語」が過去のものになったのは、遠い昔のことだ。存在すら忘れられていたはずなのに、このごろになって急に議論されること自体が奇妙ではないか。

 大阪のヘンな学校経営者と、それに共鳴したどこやらの気楽な奥さんが絶好の話題作りの種になっただけの話ではないか。国会で議論したり新聞が社説で取り上げたりするような重みのあるレベルの話ではないだろう。

 要するに、議論のための議論ではないか。今ごろホコリを叩いて「教育勅語」を引っ張り出すなら、断片的に言葉のつまみ食い論議をするのではなくて《あの代物が、誰によって、どんな使い方をされたのか》という時代背景を考えた広がりのある視点が必要ではないか。

 仮にも「教育」と名乗った文書だ。「教育」が時代の視点抜きで語られるべきものではないことを、なぜ誰も考えないのか。

 時代を抜きにして考えるから、目的と手段が入れ替わって干からびた意味のない手続き論になり下がってしまう。CMまがいの空っぽな言葉だけになってしまう。

 目的と手段がすり替わっても、手続きだけは空っぽな形のまま言葉の上では成り立つ。だから、小難しい言葉で、さも、もっともらしく語ることはできる。

 それが議論倒れになっていることにも気づかぬまま・・・。


目前の建物が何十年も昔に建てられた事実を忘れるとマンション論議はむなしくなる怖さ!

 時代抜きで考えると自分の語る言葉が空っぽになってしまう怖さは、マンションの場合、とてもリアルな実感がある。

 いま見ているマンションは、実は、もう何十年も前に建てられたものなのだ。いま見えているマンションの光景は、もしかすると自分が生きてきたよりも長い年数の歴史を物語っているかもしれないのだ。

 だが、その長い年月は世界遺産のような《これまで経過した年数の長さ》とは違う。そこに人が住んできた時間の流れが今もなお確実に進んでいる最中の光景なのだ。今日の光景は昨日の、昨年の、そして建てられてから現在まで何十年にも及ぶ光景の続きなのだ。

 マンションが人の住まいである限り、その流れの光景の中にはいつも老若男女、様々の大勢の人がいたし、今もいる。これからも、いるだろう。

 マンションを考える人は、そういう意味で建てられた時代を背景としていつも考えなければならない。いま竣工後30年ぐらいのマンションならバブルの時代背景を、40年ぐらいたったマンションなら日本列島改造論にまだ実感があった時代を思い出しながら、考えなければならない。

 マンションは決して《いつの時代もみんな同じ》ではないからだ。
                   ☆
 「教育勅語」論議のむなしさは、マンション論議の隠れた盲点を気づかさせる。

| muraitadao | コラム | 07:44 | comments(0) | trackbacks(0) |









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